想定する対象者
一般市民、教職員、PTA、行政関係の方々など
提供する価値・伝えたい事
1945年3月10日、東京大空襲の猛火が下町、東京を襲いました。その日、一夜にして肉親六人を亡くしました。
この経験を語り継がねばならないと、強く思っています。
内 容
1945年3月、東京大空襲で祖母と両親、長兄、次兄、8歳下の弟の六人を亡くしました。
父の妹一家などを含めると、全部で18人が一夜で亡くなりました。
当時、国民学校の5年生で、沼津の親族のところに疎開していました。
東京がやられたと聞いて、とても心配していたところ、三番目の兄が訪ねてきました。
そして、兄以外、家族が誰も残らなかったことを知りました。
「みんな死んだ。僕だけ生き残って、香葉子、ごめん。ごめんな。」
一晩中、二人で泣き明かしました。
兄は二人で世話になれないといって、東京に戻ってしまいました。
しかし、兄はその後、行方がわからなくなってしまいました。
身寄りをなくし、親族を転々とした私をやっと引き取ってくれたのが3代目三遊亭金馬師匠です。
その後三平と結婚し、今に至っています。
そして2005年、悲願叶い、上野公園に慰霊碑「哀しみの東京大空襲」、平和の母子像「時忘れじの塔」を建立しました。
家業の落語家の母として、ねぎし三平堂も開堂しています。
業務外の講師への取次は対応しておりません。