年間約3,000万人の入場者数を誇る東京ディズニーリゾート。「夢・感動・喜び・やすらぎ」を提供し続けるため、独自の「アトラクションの安全に関する基本方針」を作成し、安全な運営に努めています。
ゲストだけでなく全従業員の安全を重視し、従業員が積極的に対処するディズニーの安全対策とは?
今回は、東京ディズニーランドのアトラクション責任者を15年間務め、現在は接客向上委員会&Peace代表の石坂秀己氏が、安全対策について解説します。
【監修・取材先】
石坂秀己氏
接客向上委員会&Peace 代表
キャリアコンサルタント(国家資格)
安全対策の重要性と気づき
厚生労働省が公表した「平成31年(2019年)1月から令和元年12月までの労働災害発生状況」によると、労働災害による死亡者数は845人、休業4日以上の死傷者は12万5,611人。死亡者数は前年比70%減で過去最少、死傷者数は前年比1.3%減で横ばいという結果でした。しかし、いまだに多くの業種でそれぞれ対策が必要であることは自明で、安全対策は引き続き急務の課題でもあります。
とはいえ、安全対策は急務であるとしたとき、まず発生するのは「やらねば」という義務感であり、「やりたい」「やっていこう」という意識が生まれにくく、自発的・能動的な行動につながりにくいといった状況が多く見られるのも事実です。
では、ディズニーリゾートはどうでしょう。「We Create Happiness ハピネスの創造」のコンセプトのもと、「キャスト」と呼ばれるスタッフが自ら積極的に安全対策をする姿勢があります。夢の国とも呼ばれるこの一大テーマパークで、具体的にどのような安全対策の取り組みがなされているのか、具体的に見ていきましょう。
何よりも安全を優先するキャストの行動規範
ディズニーブランドのテーマパーク施設を運営するオリエンタルランド社では、「ゲストに楽しんでいただく」ことを大きなゴールにしています。“安全”であることは、「ゲストに楽しんでいただく」ことの大前提だという考え方のもと、ディズニーリゾートで働くキャスト全員が同じ方向を向いて仕事をしています。
安全か安全でないか、安全でないなら安全を保つにはどうすればいいか、ではなく、安全は楽しんでいただくための一つの条件に過ぎません。言い換えれば、“大きなゴール”と“安全”が同一線上にあることが大切だということです。
例えば、ゲストがこぼしたジュースをキャストがしゃがんで拭くことはありません。雑巾を足で踏んで拭きます。一見、失礼にも見えますが、これもゲストの安全性を優先した上での行為なのです。もし、床を拭くためにキャストがしゃがんだ場合、ゲストが作業中のキャストに気づかずに接触し、転倒してしまう危険性もあります。
東京ディズニーリゾートには「The Four Keys~4つの鍵~」と呼ばれる行動規範があり、キャストの安全に対する意識付けはこの規範によって徹底化されています。
1.Safety(安全)=ゲスト・キャスト双方にとって安全が最優先
2.Courtesy(礼儀正しさ)=全てのゲストがVIPであることを理念に
3.Show(ショー)=毎日が初演の気持ちでショーを演じる
4.Efficiency(効率)=1〜3に加えチームワークの発揮で効率性を高める
この4項目から成る「The Four Keys~4つの鍵~」は、キャストのゴールである「We Create Happiness ハピネスの創造」を実現するための判断基準であり、キャストの行動のよりどころです。一番大切なのはやはり「安全」で、前述の例も礼儀正しさより安全を優先した行動だというわけです。
誰にでも惜しみなく楽しさを提供してくれるディズニーリゾートは、安全第一に基づいて考え、行動するキャストの姿勢に支えられているのです。
何でも言い合える企業風土が安全意識のつながりに
ディズニーリゾートには、キャストがお互いに褒め合い認め合うという風土があり、年々受け継がれてきました。この風土によってキャストの関係性が良好になり、仲間意識や絆が生まれやすい土壌が育まれたといえます。
そのため、誰かが事故につながるような不安全行動をとった場合、大切な仲間やお客様にケガをしてほしくないという気持ちから、迷うことなく本人に伝え、注意します。また、その不安全行動が発生した原因を、チーム全員が自分のこととして考え、どのように改善すべきかを話し合う場も設けられます。注意された側も、心配してくれているという仲間の気持ちが分かるため、前向きに受け止めることができます。
これは、不安全な状態が長く続いたり、不安全が知られないまま放置されることはなく、その場で改善されていく環境が自然と形成されていることを示しています。
このような風通しのよい職場環境だからこそ、自発的に安全対策に向き合おうとする意識がキャスト一人ひとりに生まれるのでしょう。
ハード面・ソフト面からの安全対策
ディズニーリゾートは、キャストの教育に加え、ハード・ソフト面からの堅牢な安全対策を講じています。
ハード面では、アトラクションの安全設計はもちろんのこと、定期的なメンテナンスと、その定期メンテナンス自体をチェックする安全品質監理室があります。また、ソフト面(運営)では安全マニュアルを作成し、それに沿って運営されているかを監査する運営監理部を設けて、二重のチェック体制で安全運営に臨んでいます。
また、少しでも不具合があれば、アトラクションをすぐに停止させます。アトラクションを再開するまでにはいくつものセーフティロジックがあり、それをパスできなければ再開できません。地震や火災、テロなどの非常事態における防災訓練も徹底しています。2011年3月11日に起きた東日本大震災の教訓を生かした、指揮命令系統が崩れない組織体系も構築しています。
従業員一人ひとりが率先して安全対策に取り組むために
「ディズニーリゾートのような取り組みを自社に取り入れるには何から始めるのがよいのでしょうか?」
安全対策におけるマネジメントについて、このようなご質問をよく受けますが、例えば「互いに褒め合う・認め合う」ことは、どのような業種の会社であってもすぐに導入できる取り組みの一つでしょう。
安全対策には無関係なんじゃないかと感じられるかもしれません。しかし、ディズニーリゾートの例でご紹介したように、従業員同士の関係性が良好であれば、不安全な状況を放置することなくその場で改善される職場環境がつくられ、それが組織風土として定着していきます。
安全対策のマネジメントに苦慮されている方は、こうした職場環境をつくることから始めてみてはいかがでしょうか。
講演では、従業員一人ひとりが安全対策を率先して行うために必要な“褒め合う”職場環境づくりや、従業員の自発性を促す方法について、東京ディズニーリゾートの事例を参考にしながらさらに詳しく解説しています。安全対策や安全管理担当者の方の聴講をお待ちしています。
石坂秀己 いしざかひでみ
接客向上委員会&Peace 代表 キャリアコンサルタント(国家資格)
東京ディズニーランドのアトラクションの責任者として約15年勤務し、接客研修の基礎を築き上げる。退職後、アミューズメント業界の人材派遣会社にてさらに実績を積む。2005年独立。これまでの豊富な経験を活かし、受講者に応じた「接客基本研修」「コミュニケーション研修」を行っている。
プランタイトル
ディズニーにおける安全とは
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