ウクライナ、アフガニスタン、シリア…。世界中のあちこちで紛争が続き、毎日多くの尊い命が犠牲になっています。平和な日本にいて、私たちは何ができるのか。
2011年より、ソマリアなどの紛争国でテロ・紛争解決への取り組みをおこなっている永井陽右氏の活動を通して、テロや紛争の現状、紛争解決には何が必要なのか、また、日本人としてできる支援について、考えていきます。
【監修先】
永井陽右氏
テロ・紛争解決スペシャリスト
NPO法人アクセプト・インターナショナル 代表理事
国連人間居住計画CVE(暴力的過激主義対策) メンター
世界中で現在も続く紛争と内戦
今でも、世界中で紛争や内戦、テロ攻撃、戦争が起こっています。現在も続いている戦争・内戦、2022年に起きたテロ攻撃は以下の通りです。
【戦争・内戦】
●ロシア・ウクライナ戦争
2022年2月24日、ロシアはNATO加盟に意欲的だったウクライナに侵攻。NATOの勢力拡大を阻止するためとしている。推定死亡者46,000人、避難民1,273万人以上(2022年4月末現在、ロイター通信調べ)。
●アフガニスタン紛争
2001年9月11日〜2020年2月29日 国際テロ組織アルカイダによるアメリカ同時多発テロをきっかけに、アルカイダの指導者であるビンラディン容疑者を匿っているとして、アメリカがタリバン政権に引き渡しを要求。タリバンが国際テロを再び支援しないことなどを条件に、和平合意。推定死亡者16万7,500人(ロイター通信より日経推計)。
●シリア内戦
2011年3月15日に始まった反政府デモが全国に広がり、内戦に発展。シリア政府の主要支援国であるロシアにより、なんとか政権を維持できている。推定死亡者50万人(2022年3月現在、AFP調べ)。
●ミャンマー内戦
1948年、ミャンマー独立後にビルマ族主体の新政権が立つも、多くの少数民族が抵抗。国籍を与えられず弾圧を受け難民化していたロヒンギャ族が、2017年にミャンマー国軍や警察組織を襲撃。2021年2月には選挙が不当だとしてクーデターが発生。クーデターだけでも1,700人以上の市民が犠牲になっている(2022年4月現在、人権団体AAPP調べ)。
【テロ】
●2022年1月20日(中東・北アフリカ シリア)
シリア北東部のハサカ市グワイラーン地区で、約200人の「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)戦闘員がアル・シナア収容所を襲撃。シリア民主軍(SDF)との銃撃戦で、SDF隊員と同収容所職員の計117人、市民4人が死亡。SDFはISILの襲撃実行犯と収容者の計374人を殺害と発表。
●2022年1月20日(南西・南アジア パキスタン)
パキスタン東部、パンジャブ州ラホールに所在するバザール付近の銀行駐車場で、オートバイに仕掛けられた即席爆発装置(IED)が爆発し、3人が死亡、30人以上が負傷。
●2022年2月19日(中東・北アフリカ ソマリア)
ソマリア中部、ヒーラーン州ベレトウェインの飲食店で自爆テロが発生。少なくとも13人が死亡、18人が負傷。
●2022年3月4日(南西・南アジア パキスタン)
パキスタン北西部、カイバル・パクトゥンクワ州の州都ペシャワール所在のモスクで銃撃、自爆テロが発生。参集者が少なくとも67人死亡、190人以上が負傷。
このように、世界中ではいまだに紛争、内戦、テロ攻撃、戦争が起きており、何百万人もの人命が犠牲になっています。戦争や内戦はなぜ終わらないのか、次章から詳しく考えてみましょう。
情報出典:公安調査庁「世界のテロ発生情報」
紛争はなぜ終わらないのか~ソマリアの例から考える〜
紛争の最大の犠牲者と言えるのは、主に小さな子どもたちです。紛争の影響で十分な教育を受けられなかったり、暴力に晒されたり、場合によっては誘拐の末に少年兵として紛争に駆り出される、といったことすらあります。価値観や倫理観が未熟な子どもは刷り込みがしやすく、従順な兵士としてたやすく教育できます。子どもは兵士として利用しやすいのです。
また、紛争による貧困や飢餓、失業なども、子どもや若者から生きる希望と未来を奪います。こうした過酷な環境下にある子どもや若者は、どうしても不満や怒りを抱えることになり、テロ組織につけ込まれやすくなってしまうのです。
ソマリア南部では、1980年代に勃発した内戦が全国に拡大。1991年から2012年まで実に21年間も無政府状態が続きました。正式に政府が発足した今でも、アフリカで最も危険とされるテロ組織「アル・シャバーブ」によるテロ行為、住民に対する暴力、支援物資の搾取など、内戦状態は激化、長期化、広域化しています。
ソマリアの紛争アクターの中でも「アル・シャバーブ」はアフリカで最も危険とされるテロ組織であり、直接的な対話の糸口はありません。これに対し、国際社会は武力による解決を試みてきましたが、一向に改善しない状況の中で軍事作戦が長期化し、紛争強度の高まりとともに、元アル・シャバーブのメンバーへの怒りや差別など、さらなる「憎しみの連鎖」が生まれています。
実際、トランプ前政権のもとで、アメリカ軍のソマリア空爆件数は過去最高となりました。しかし、テロの数は依然として増え続けています。
「憎しみの連鎖」を断ち切るために~アクセプト・インターナショナルの活動~
先ほど、テロを武力で解決しようとする国際社会の試みは一向に状況を改善できず、やられたらやり返す、という「憎しみの連鎖」が起こることをご紹介しました。
永井さんは、この「憎しみの連鎖」を断ち切るため、大学1年生だった2011年にアクセプト・インターナショナルの前身である「日本ソマリア青年機構」を設立。2013年よりテロリストの温床となっているケニア・イスリー地区のソマリア人ギャングの更生プロジェクトを開始しました。100名以上のギャングを更生させていく一方で、受け入れたギャングの中で、プログラム終了後に他のギャングに殺害されたり、テロ組織に加わり「殺すぞ」と脅迫する者が出るなど、組織の存続に関わる出来事も起きました。
それでも、これまで更生した元ギャングや現地のソマリア人の温かい励ましで、何とか立ち直ることができたそうです。
2017年に永井さんが大学を卒業するタイミングでNPO法人格をとり、団体名を「アクセプト・インターナショナル」に改称。2018年からは、ソマリアで、元テロリストである若者たちの脱過激化・社会復帰を図るため、「DRRプロジェクト」を開始しました。
DRRプロジェクトは、以下の9つのステップで構成されています。
- ケアカウンセリング:過激な行動に至った経緯を、否定するのではなく理解し、非暴力的な手段に転換できる手助けを行う。
- 職業訓練・ライフスキルトレーニング:地域社会で需要のある職業スキルを獲得し、彼らの雇用確保と経済的・社会的自立を促す。地域社会とコミュニケーションをとり、関係性を構築することも重要。
- 受刑者への基礎教育:刑務所内で模範囚かつ読み書きができる者を教師として雇い、受刑者に数学・英語・アラビア語・社会・理科・ビジネスなどの基礎科目を教える。
- 社会との和解セッション:地域社会との相互理解を目指す。具体的には、地域社会のリーダーと元テロリストの若者を月に1回招待し、和解セッションを行う。
- 幻滅対策セッション:釈放後に起こり得る問題について話し合い、解決策を事前に模索して再過激化のリスクを減らす。
- 対話型イスラム教講座:イスラム教の聖典から、社会との和解、罪と赦し、平和と非暴力などをテーマとして議論することで、彼らの理解を相対化することを目指す。
- 長期フォローアップ、モニタリング:釈放後も支援を継続し、彼らが安心して頼れる先となれるような関係性を築く。釈放後に彼らが孤立しないような居場所づくりをするため、身元引受人との調整を行ったり、不定期に訪問したりすることも。
- 投降促進リーフレットの配布、相談対応窓口の設置:各ステークホルダーとの連携で、特別恩赦や社会復帰プログラムに関する情報拡散、暴力的過激主義組織からの投降促進、軍や警察に対して、投降者の待遇・対応における基本的人権の尊重を強化するなど、多様な啓発啓蒙活動を行う。
- 刑務所の改善・改良支援:刑務所施設そのものの改善・改良支援として、2021年9月までに教育施設の改修、設備備品(コンピュータ、文房具、黒板)の設置、医療キットや医薬品の提供、18歳以下の居房や病人の隔離房の建設、図書館の設置・運営などを行う。
こちらのDRRプロジェクトの対象者は、モガディシュ中央刑務所などの元受刑者です。一人ひとりに合わせた更生プログラムを作成し、1〜2年かけてゆっくりと更生をサポートしていきます。その活動は「一方的な矯正でなく、対話を図ること」に注力しているのだそうです。同じ若者として話を聞いていくと、だれも望んでテロリストになった人はおらず、破綻した国家に対しての怒りがテロリストを生み出す原因になっているのだと言います。
永井さんを始めとする同団体のスタッフが、元テロリストたちと地道に対話を続けながら、この約10年間の活動で360名以上の若者を更生させてきました。社会的にもインパクトのある数字といえます。
日本人の私たちができること〜企業や団体様との取り組みを例に〜
日本が平和な状況にあっても、世界では毎時毎分、尊い命が奪われています。まずはその現状を知り、関心を持つことが大切です。多くの関心が寄せられることで、世界でムーブメントが起こり、紛争や戦争の抑止力になることもあります。
アクセプト・インターナショナルでは、「憎しみの連鎖」を断ち切るための取り組みに加え、活動10年を迎えた昨年から、「テロや武力紛争に関わる若者の権利宣言」の国際条約化を目指す取り組みを始めました。これには、「国連安全保障理事会決議2250」において保障される若者の年齢「18~29歳」という定義を「15歳~39歳」に拡大し、救える若者をより増やし、「真に誰1人取り残さない社会」を実現したいという思いがあります。
このような活動には、多くの方々や企業・団体様の支援が必要です。現在、同団体では以下の支援を募集しています。
- アンバサダー制度:1日50円(1カ月1500円)からの寄付。
- 社会人プロボノ、学生インターンとして時間や知識、ノウハウで支援。
- 書き損じはがき、スマホ、アクセサリー、古本、CDなどの不用な物品による支援 など。
- オフィスや工場など、事業所での寄付付き自動販売機の導入。
同団体は、寄付金の授受にとどまらず、「パートナー」として連携していくという意識を持っていただくために、講演・研修なども積極的におこなっています。
日本人である私たちにもできる取り組みとしては、個人で支援するほか、企業や団体と協働する方法があります。「支援したいけれど、どう支援すればよいかわからない」という場合は、同団体のようなNGO法人の取り組みに関する記事を読んだり、講演や勉強会に参加し取り組みの内容を知ることも一つの手です。
少しの勇気がたくさん集まることで、平和な世界へと変える強大な力が生まれるはずです。これを機会に、今一度私たちができる平和への取り組みについて考えてみてはいかがでしょうか?
永井陽右 ながいようすけ
テロ・紛争解決スペシャリスト NPO法人アクセプト・インターナショナル 代表理事
国連人間居住計画CVE(暴力的過激主義対策) メンター
実践者
テロ・紛争解決スペシャリスト。文民且つ若者である自分だからこそできることを最大限に活かして、テロと紛争という最も深刻な問題に正面から立ち向かう姿勢と実績が国内外で評価されている。専門知識や語学ではなく、断固たる意思こそが重要としており、講演活動も定評がある。
プランタイトル
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