労働災害の最大の原因であるヒューマンエラー。ヒューマンエラーを防止するためには、ヒューマンエラーを起こす人の心の仕組みを知り、意識的に「安全」に気を配らなくてはなりません。
10年以上現場監督経験のある小宮勇人氏が、ヒューマンエラーを減らすために知っておきたい法則、絶対におさえて欲しい考え方、そしてヒューマンエラーを起こさせない環境を作るための秘策を解説します。
【監修・取材先】
小宮勇人氏
建設業専門
安全育成コンサルタント
業界別トップにある建設業界の死亡者数
2022年4月に厚生労働省が発表した「令和3年 労働災害発生状況」によると、昨年(2021年)の労働災害による休業4日以上の死傷者数は、149,918人となりました。死傷者数を産業別(図①)でみると、建設業の死傷者数は前年(2020年)より11.4%増の16,079人。1位は製造業、2位陸上貨物運送事業、3位が建設業となっており、全体の11%を建設業が占めていることになります。しかし、これを死亡者数(図➁)だけで見た場合、2021年の労働災害による総死亡者数867人のうち、建設業は288人と全産業の 35%を占め、トップとなっています。昨年(258人)より30名も死亡者数が増えており、由々しき事態です。
また、建設業界の高齢者死傷者数も、以前として高い状況にあります。年齢別でみると、③60歳以上の建設業の死傷者数は3,806人であり、全体(16,079人)の23.6%を占めています(図3)。言い換えれば、労働災害被災者の4人に1人は高齢者ということです。
また、建設業の死傷災害発生状況の事故を型別に分類すると、 墜落・転落が 4,869 人 (30.3%)、転倒が 1,666 人 (10.3%)、 はさまれ・巻き込まれが 1,676 人 (10.4%) で、全ての原因に何らかのヒューマンエラーが潜んでいるといえます。
1回の大事故には300回の微小事故が起きている!
「1回の大事故の裏には29回の中程度の事故と300回の微小事故(ヒヤリ・ハット)がある」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは「ハインリッヒの法則」と呼ばれるもので、同じ人間が1回の大きな労働災害を起こす裏では、300回の微小事故(ヒヤリ・ハット)、29回の中程度の事故を起こしているとするものです。つまり、労働災害を防ぐためには、ヒヤリ・ハットの時点でできる限り防いでおくことが重要だと考えられます。
では、ヒヤリ・ハットとはどのようなことが当てはまるのでしょうか。例えば、前述の死傷災害発生状況で最も多い墜落・転落で言うと、以下のようなことが挙げられます。
- トラックの荷台で作業を終えて降りようとしたら、昇降機から転落しそうになった
- 排気ファンの異常を確認するため写真撮影していたところ、屋上高台部から落ちそうになった
- 港湾を自動車で巡回中、海に転落しそうになった
- 庭木の剪定作業中、脚立の足が滑って脚立から落ちそうになった
- キャビネットに並べてある高い場所の資料を取ろうとして、転落しそうになった
いずれも誰にでも起こりうることであり、誰でも何かしらのヒヤリ・ハットの経験があるのではないでしょうか。次章では、こうしたヒヤリ・ハットを減らすためにできることについて見ていきましょう。
微小事故を減らすにはヒューマンエラーの背後要因を知ること
ヒヤリ・ハット(微小事故)を減らすためには、ヒューマンエラーを防ぐことが重要です。ヒューマンエラーとして挙げられるのは、作業手順のやり飛ばしややり忘れ、やり間違いのほか、余計なことをしたり手順違いが起こったり、タイミングが悪かったりといったことです。このようなことが起こる原因として、能力不足や知識不足のほか、危険軽視、慣れ、不注意、連絡不足や思い違いなど以下のような理由が考えられます。
- 無知、経験不足、不慣れ…新人に多いエラー。理解が不十分なため、業務に熟練していく過程で起こる
- 危険軽視、慣れ…「慣れた頃に事故を起こす」というもの。慣れるに従って気が抜けてくる
- 不注意…最も起こりやすいヒューマンエラー。危険軽視していなくても注意不足でエラーは起こる
- 連絡不足…コミュニケーションエラー。複数の人が関わる現場で起こりやすい
- パニック、錯覚…想定外の事態に直面したり、状況を見誤ったりすることで正しい判断ができなくなる
- 加齢による機能低下…60歳以上の死傷者数が多いと前述したように、加齢によって記憶力や判断力、運動機能の低下により、認識不足や錯覚を起こしやすくなり、咄嗟のアクシデントに対応できなくなる
では、ヒューマンエラーの直接的な原因となる能力不足や知識不足、危険軽視などはなぜ起こりうるのでしょうか。
その根底には、体調や作業環境の状態はもちろん、本人の意欲や意識、時間、上司、会社などからのプレッシャーも影響を与えているということです。これらをヒューマンエラーの背後要因といっているのですが、ヒューマンエラーを防ぐためには、特に本人の「意欲」「意識」というやる気の部分に注目し、気持ちを引き締めていくことが重要です。
ヒューマンエラーをなくすために
では、ヒューマンエラーをなくすためには何をすべきなのでしょうか。まず、ヒューマンエラーそのものは「なくならない」と考えることが重要です。例えば、超一流のプロスポーツ選手などでもありえないミスをすることはあるからです。ヒューマンエラーをなくそうと焦るあまり、逆にパニックや錯覚を起こしたりして本末転倒になってしまっては元も子もありません。
大切なのは、ヒューマンエラーはある程度発生してしまうことは認識した上で、「いかに大事故につながらないようにしていくか」という対策です。これは、ヒューマンエラーはなくならない、と諦めることではありません。ヒューマンエラーはなくならないからこそ、ヒヤリ・ハットが事故につながらないようにどうしたらいいか、前向きに諦めず対策を練っていく考え方が大切です。
人間(ヒューマン)は完璧ではありませんし、機械のように正確無比に動くことはできません。例えば、恋愛などの場面を考えると、通常の自分からは考えられないような言動、行動をとってしまうこともあります。しかし、それをヒューマンエラーとは呼びません。それはその人らしさ、人間味につながっていくでしょう。人間が機械になれない以上、ヒューマンエラーは起こりうるものとして対策をとっていく方が、よほど現実的なのです。
ヒューマンエラー、すなわちヒヤリ・ハットの時点でとどめ、そこから労働災害につながるような大事故を起こさないためには、「ヒューマンエラーを起こしにくくするための対策」と「ヒューマンエラーが起きた後、死亡災害などの大事故にしないための対策」が必要です。
まず、「ヒューマンエラーを起こしにくくするための対策」としては、具体的に以下のようなことが挙げられます。
- 整理整頓や清掃を行った、きれいな環境で作業を行う
- 点検整備を行い、突発的な機械の不具合による事故を防ぐ
- 作業手順を考え、リスクの洗出しとその対策を考える
- KY活動を行い、危険個所とリスクを作業員に周知させる
- 危険個所は手すりなどで立入禁止の措置、表示をする
そして、「ヒューマンエラーが起きた後、死亡災害などの大事故にしないための対策」としては、具体的に以下のようなことが挙げられます。
- ヘルメットを被り、アゴひもをする
- 墜落制止用器具(旧安全帯)を使って作業する
- 水平ネットを張る
- 鉄筋の差し筋など、転倒の際大事故にならないよう養生を行う
- 1人作業を行わない(誰かが監視をしている)
もし、万が一事故が起きてしまった場合にも、以下のようなことに気をつければ大事故に発展しにくくなります。
- 慌てず対応する
- 応急手当を行う
- 関係者に素早く連絡をする
ヒューマンエラーを大事故につなげないために、上記のことをきちんと心がけましょう。その上で、ワンランク上の安全対策をする方法を次章でご紹介します。
ワンランク上の安全対策
ワンランク上の安全対策をするためには、「当たり前」のことをバカにすることなく、愚直にしっかりと続けていくことが重要です。ここで言う「当たり前」とは、教育学者の森信三氏が提唱した「職場再建の3原則」のことを指します。
・時を守る…時間を守る、約束を守る
・場を清める…掃除をする、整理整頓をする
・礼を正す…挨拶、言葉遣い、身だしなみを整える
多くの方が当たり前のことを、バカにして、ちゃんとやらない方が多いです。どんなに素晴らしい安全対策や安全の知識があっても、「そんなものやっても意味ないよ」「また、めんどくさいなぁ」とバカにした態度や心構えでは、今後事故がゼロになることはないですよね。ですから、「職場再建の3原則」を意識して実践し続けている人が、まさにワンランク上の安全対策が出来ている人であり、そのような心構えが育つ環境作りがとても重要だということです。
ワンランク上というと斬新なやり方や今までとは違うやり方をイメージする方もいるかもしれませんが、大切なのは安全対策に「前向き」に取り組みたくなる心構えを育てることです。人は正しさやルール、規則、罰則だけでは、前向きさや積極性は出てこないからです。
講演では、安全対策を「前向き」に取り組みたくなる話や意識向上につながる話についても解説していきます。「楽しくてためになる」をモットーとしておりますので、「今年こそは安全大会の講話で眠らせないぞ!」とお考えの主催者様は、ぜひシステムブレーンまでお問合せください。
小宮勇人 こみやゆうと
建設業専門 安全育成コンサルタント
コンサルタント実践者
建設業の若手社員の「自主性」「責任感」を育てる専門家。「人材育成」「人材確保」のカギは魅力的な職場環境!をモットーに、飲みながら学ぶ「のみーティング」や「笑みーティング」という楽しく学ぶ独自スタイルが特徴。10年以上の現場経験と、1,000時間以上の研修等を活かした人材育成が好評。
プランタイトル
元現場監督が伝える嬉しさが増えるワンランク上の安全作業
~ ヒューマンエラーを減らし、ゼロ災害へ ~
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