オリンピックプロジェクト進行中の失明。職場復帰で感じた“戸惑い”と“慣れ”

――髙橋さんはオリンピックやFIFAワールドカップに携わった経験をお持ちなんですよね?

髙橋 そうですね。大きな大会では1998年の長野オリンピックや2002年の日韓ワールドカップ、2020東京オリンピック・パラリンピックに携わってきました。

――日本中が沸いたスポーツイベントに携わってこられたんですね! 具体的にはどのようなお仕事をされていたんですか?

髙橋 マーケティングやスポンサーの運営などですね。例えば2002年のワールドカップでは、全世界でワールドカップの権利を活用できる“グローバルスポンサー”と呼ばれる企業の統括と、大会組織委員会との橋渡しを行なっていました。

――すごく大きなお仕事で、やりがいがありそうですね!

髙橋 やりがいもあって楽しく、本当にいい経験になりました。

――なかなかできない経験ですよね。東京オリンピック・パラリンピックでも同じような業務を?

髙橋 いえ、ワールドカップでは大会運営側にいましたが、2020東京オリンピック・パラリンピックではスポンサー側として関わりました。当時は日本コカ・コーラに在籍していまして、スポンサーの立場からオリンピックの権利を生かした商品開発やマーケティングを行なっていました。オリンピック担当部署だけでも60人ほどいましたし、大会期間中には1,400人ものスタッフが関わる結構大きなプロジェクトでしたね。

――そんな大きなプロジェクトを抱えた中で事故に遭い、全盲になられたんですよね。事故直後はさまざまな想いがあったのでは?

髙橋 2019年3月に、車の事故で目が見えなくなりました。当時を振り返ると、早く職場復帰したいという想いが強かったように思います。「早く復帰しないとオリンピック・パラリンピック終わっちゃうぞ」と。

――開催日程が決まっているものですから、焦りますよね。

髙橋 それと同時に、視覚障がいの方も多く参加されるパラリンピックに関われるという点が、モチベーションにつながっていたかもしれません。組織委員会や競技連盟の方々も、他のプロジェクトに比べて障がい者に対する理解があったように思います。

――周囲の方も髙橋さんの変化を受け入れやすい状況だったんですね。

髙橋 障がいに理解のある環境とはいえ、最初は会社側の受け入れ態勢の問題で在宅勤務を勧められました。例えば、会社のカフェテリアのメニューを点字にできていないとか。でも私、点字読めないんで。作ってもらったところで役に立ちませんよという話から始まり、相談の結果、事故から3カ月くらいで職場復帰しました。

――会社側と良い方法を探っていったんですね。

髙橋 復帰した当初は、(周囲は)腫れ物に触るようなところはありましたね。私が歩いていると周りから人がいなくなるのを感じるんですよ。でも3カ月くらい経つと私もみんなも慣れてきて、社内を歩いていても「オリバーどこ行くの?一緒に行くよ」と声をかけてくれるようになりました。

――急に大きく環境が変わっていますから、最初は互いに戸惑いますよね。

髙橋 そうですね。やっぱりポイントは“慣れ”だと思いますね。みなさん最初は戸惑われますが、普通に話してもらうだけで戸惑いはかなりなくなりますよ。

障がい者雇用は区別すべきではない。先入観を捨てた理解がポイントに

▲イメージ画像

――目が見えなくなったことで、お仕事に影響はありましたか?

髙橋 例えば会議の時はスライドで説明されますよね。数字が多い話題だとめちゃくちゃ眠くなるんですよ(笑)。残念ながら細かい数字まで聞いてインプットするのは難しいので、その点は苦労しました。

――記憶力と集中力が必要そうですね!会議にはどのように参加されていたんですか?

髙橋 スライド10枚程度なら事前に暗記して臨んでいましたが、量が多い時にはアシスタントの方に通訳のような形で読み上げてもらっていました。事故前から2名ほどアシスタントの方がいらっしゃったので、サポート体制は特に変わりませんでした。

逆に私がプレゼンテーションをする場合には、構想を口頭で伝えて資料を作成してもらっていました。その点も特に苦ではなかったですね。

――全盲になられても仕事に大きな支障はなかったんですね。

髙橋 そうですね。特に問題には感じませんでした。それには周りの理解という点が大きかったと思います。コカ・コーラはグローバルに見ると障がい者雇用に積極的な会社なので、みんな普通に接してくれて心地よかったですね。

――髙橋さんは障がいがある中で問題なく働いていらっしゃいますが、日本の障がい者雇用についてどのようにお考えですか?

髙橋 障がい者と聞くと“何かができない人”と見られがちですが、私は決してそんなことはないと思っています。障がいの程度にもよりますが、健常者と変わらず仕事ができる方は大勢いらっしゃいますよね。

――そうですよね。

髙橋 最近はダイバーシティ&インクルージョンが大きく取り上げられていますが、インクルージョン(共存)の部分が1番の問題点だと感じています。みなさん、障がいのある方がいることは理解されているものの、どう受け入れるべきかを理解されていないように思います

ただ、それも難しく考える必要はなく、慣れてしまえばなんてことないんです。もっとスムーズにお互い慣れることができれば、世の中はもっと面白くなると思っています。

――慣れることが大切なんですね。現在の障がい者雇用の課題はどのような点にあるとお考えですか?

髙橋 求人サイトによく障がい者用の求人がありますが、私はそのように区別すべきではないと思っています。そういった募集要項を見ると比較的簡単な仕事に限られていることが多いようですが、障がいがあるから仕事ができないわけじゃないですよね。一般的な雇用と同じプロセスで、障がいではなくその人の能力や人柄を見て採用すればいいと思います。

――確かに、障がい者雇用という義務の中で募集している企業も多いように感じますね。

髙橋 企業側に「障がい者=できない」という先入観があるように思います。企業によって難しい部分もあるとは思いますが、大企業から一度試してみてほしいですね。なんでもこなせる方は結構多いと思いますよ。

まずは障がいについて理解することが重要です。2年前のパラリンピックを観て、障がいがあってもこんなにすごいのかと驚いた方は多いのではないでしょうか。そういったきっかけから、障がい者雇用に関するドアをもう少し開けてくれる企業が増えるといいと思っています。

暗くなるのはもったいない!目標を持って人生を楽しく生きる

――髙橋さんはさまざまなテーマで講演をされていますが、どのようなことを伝えていらっしゃるんですか?

髙橋 スポーツ関連の講演が多いですが、どの講演でも障がいを持ってから感じたことは伝えるようにしています。また、学生向けの講演では、目標を持つことの大切さをお話ししています。プライベートにおいても仕事面においても、ミッドターム・ロングタームのゴール設定は非常に重要だと考えています。

――髙橋さんは事故の前に癌も経験されていますよね。多くの人が挫けてしまいそうな経験をされていらっしゃいますが、髙橋さんはすごくポジティブですね。

髙橋 今でもネガティブに考えてしまう時はありますよ。なかなか物事が上手くいかないこともありますからね。でも、暗くなってしまうのももったいないですし、暗くなって目が見えるようになるわけでも、癌に勝てるわけでもないですよね。だったら生きている間は楽しく明るく過ごしたほうが楽しいじゃないですか。

――素敵なお考えですね!目標を持つというお話しも出ましたが、髙橋さんの今後の夢はなんでしょうか?

髙橋 個人的な目標としては、競泳でのパラリンピック出場です。大学までずっと水泳をやっていたんですが、パラリンピックを観て自分も出場したいと思い、一年半前からまた水泳をはじめました。現在52歳。厳しいと思う時もありますが、自分なりにチャレンジをしてみたいと思っています。

社会貢献という面での目標は、身体障がい者のQOL(クオリティ オブ ライフ)を高める手助けをすることです。既に参天製薬など企業のアドバイザーとして視覚障がいの方が使う道案内アプリの開発を進めています。

また、いつか国際パラリンピック連盟と仕事をし、パラスポーツを全世界に広げていきたいと思っています。障がいを持っている方でスポーツをされている方は非常に少ないんです。障がいを持つ方がスポーツを通して健康的で楽しい日々を送っていける世界を作りたいと考えています。

――本日は貴重なお話をありがとうございました。

髙橋オリバー たかはしおりばー

THE VISION 株式会社 代表 スポーツコンサルタント パラアスリート

スポーツ関係者・指導者コンサルタント

FIFA本部(イベントプロモーション戦略開発事業)を経て、FIFA全イベント事業を手掛ける会社の責任者に。帰国後、ナイキ(スポーツマネジメント部門総責任者)を経て、コカ・コーラ(東京オリ・パラゼネラルマネジャー)で活躍。2019年事故で全盲となるが、競泳に再チャレンジ中。キャリアに基づく講演も大好評。

プランタイトル

夢を持つこと、目標をたてること
~やりたいことがある人は強い~

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