2022年11月に公開されるや否や、世界中で大反響を呼んだ対話型AI「チャットGPT」。
条件を入力するだけで、文章の生成やプログラムのコーディングも行ってくれるため、今後、ビジネスシーンでのさまざまな活用が期待されています。
一方で、AI(人工知能)の劇的な進化に法的整備が追い付かず、さまざまなリスクも指摘されています。
AIのブームの変遷と対応について、一般社団法人 新技術応用推進基盤の代表理事である谷村勇平氏にお聞きしました。
DX戦国時代に、未知数の進化を続けるAIにどう立ち向かい、どのように活用すべきなのか、そのヒントが見えてきます。

※本記事は谷村氏の取材をもとに構成しています。

Your Image【監修・取材先】
谷村勇平氏

一般社団法人 新技術応用推進基盤 理事 兼
マグナリープ株式会社 代表取締役社長

AIブームの変遷

「AI(人工知能)」というと、皆さんが真っ先に思い浮かぶのは「ドラえもん」「鉄腕アトム」ではないでしょうか?
人間のように考えて、感情を持ったロボット。さまざまな映画にも題材となり、未知のロマンを感じさせます。

しかし、2023年現代のAIは、まだ人間のように考えることはできないようです。今話題となっているチャットGPTも人間のように考えて、文章を創作しているわけではありません。インターネット上を中心に蓄積された大量のテキストデータを学習し、人間の言葉のよう生成しているにすぎないのです。

そもそも、「AI」という概念は、1950年代にイギリスの数学者アラン・チューリングによって提唱され、1956年「ダートマス会議」でアメリカの数学博士ジョン・マッカーシーが人間のように思考する機械を「Artificial intelligence(人工知能)」と呼んだことにより、科学者の間で認知されるようになりました。

【1960年代 第1次AIブーム】

▲1960年代に作られた磁気テープ装置「IBM 729Ⅱ」(画像はPIXTAより引用)

最初のAIブームは1960年代初頭。パソコンのモデルとなる「IBM System/360」など、さまざまなメインフレーム(大型コンピュータシステム)が誕生しました。当時は、単純な選択肢の中のパターンから答えを導き出すものでした。
チェスをしたり、パズルや数学の定理証明を解いたりするなど、決められたパターンの中で答えを導き出すことはできても、複数の要因が絡み合う問題を解くことは難しく、このような限界が露呈したことで、第1次AIブームは下火となっていきました。

 

【1980年代 第2次AIブーム】

▲初期のパーソナルコンピュータ(画像はPIXTAより引用)

その後、専門分野の知識を教え込み、専門家が推論するかのように問題解決する「エキスパートシステム」が登場し、第2次AIブームが始まります。さまざまな企業が積極的に導入したことで、実用ツールとして開発・普及していきました。
しかし、専門知識といっても膨大なうえに、それらの知識の間で矛盾が生じたり、曖昧な事柄への対応が難しくなったりしたことで、このエキスパートシステム開発も急速に後退していきました。

【2010年代 第3次AIブーム】

2006年ディープラーニングの登場で、Ai開発が一気に加速します。
ディープラーニングとは、脳の神経回路を模したニュートラルネットワークと呼ばれる処理について、多階層の計算をしても矛盾なく計算結果を出す手法で、画像の判別や将来予測などに用いられている技術です。
第3次ブーム以前は、矛盾あるデータに対して計算がエラーとなったり、膨大なデータを計算しようとしてもオーバーロードしたりといった問題も多々ありました。これらの問題がすべて解決したわけではありませんが、ディープラーニングによって一つの方向性が示されたことでAI技術が急速に発達しました。

また、谷村氏によると、インターネットの普及でデジタル世界に膨大なデータが蓄積されたこと、マシンスペックの向上やクラウド環境が整備されたことなどを原因として、第1次と第2次AIブームで限界を露呈した技術も再脚光をあびることにつながったとのことです。

例えば、第1次、第2次の頃はインターネットでショッピングするような顧客行動は存在しませんでした。しかし現在ではこうしたデジタル上で完結する購買行動は自然なものとなっており、ユーザーの検索履歴や購入履歴などの貴重なデータが分析可能なデジタルデータとして存在しています。このような土壌ができたことで、ディープラーニング以前の機械学習手法でも、実現できることが多くなりました。比較的簡易な機械学習でも成果を出せるモデルの作成も可能になり、ディープラーニングとも併用することで複雑な問題にも対処できるようになったそうです。

ディープラーニングは大量のデータを瞬時に処理できますが、逆に言うとデータが少ない場合には活用できないこともあります。そのような場合には、よりシンプルな機械学習モデルの方が有効となることもあり、加えてディープラーニングより開発コストも少なくてすむことから、AIを最初に導入する段階では、企業にとってより好ましい状況もあるそうです。
今後、AIの導入を考える企業は、ディープラーニング以降の技術だけでなく、第1次・第2次といった過去の技術についても知っておく必要があります。

ディープラーニングの課題と改善方法

どのようなAIも、基本的には数値データしか扱えないため、画像・音・テキストといったものを処理するには一度数値に変換する必要があります。これは「ディープラーニング」も例外ではありません。
谷村氏によれば、特に初期のディープラーニングは自然言語処理が得意ではなく、他の処理と比べ高い精度が出ていなかったということです。
これまで自然言語処理として使用されてきた「RNN(回帰型ニューラルネットワーク)」では、以下のような問題点があったそうです。

  • 「言語は語順に意味を持っている」ことを重視するため前から順番に処理せざるをえず、構造的に処理スピードが遅くなる
  • 長文の場合、途中で処理している単語の意味合いを見失い、生成された文章が前後で矛盾する場合も
  • 勾配消失問題等が発生しやすく、学習が進まなくなる

私たち人間は言語によってコミュニケーションを図っているため、企業活動では重要な示唆ほど自然言語で書かれてあることも多く、「ディープラーニング」のビジネス面での応用においてはこの言語解析をどのように対処すべきかがずっと議論されていたとのことです。

そんな中、従来のRNNの問題を打開する考え方が生まれました。それが「Transformer」アーキテクチャです。
2017年に発表された論文「attention is all you need」で提唱された理論のことで、文を理解するためにどの単語に注目するのかを点数化できる理論です。単語を順番に沿って一つずつ処理するRNNとは異なり、順番に関係なくそこで注目されるべき単語を見つけ、それによって処理をしていきます。これによって、RNNの構造的な処理の遅さや、前後で矛盾する文章を生成してしまうなどの問題が改善したそうです。
また、どのような言語にも様々な同音異義語が存在します。人間にとってその判定は容易ですが、AIにとっては難しいものです。「Transformer」では、前後の文型から単語が依存するだろう意味を理解・判断する「アテンション」や「セルフ・アテンション」機能が組み込まれています。

もともとAttentionの仕組み自体はRNNのサポート的処理として考えられたものでしたが、RNNの考え方を一旦すべて捨て、このAttentionのみに絞った方が、はるかに精度が良いとの気づきが「Transformer」のアーキテクチャであり、劇的に自然言語処理精度が改善され、現在のChat-GPTへとつながりました。

AIに善悪の判断をどう持たせるか

このTransformerの仕組みは自然言語解析の精度を大きく向上させましたが、時としてユーザーに対して望ましくない解答を出す事例も見られています。

2016年にマイクロソフトのAIチャットポットがTwitterで差別的な発言をし、問題となったことがありましたが、AIの仕組み上、そこにデータがあればそれを学び続けていきます。そこに善悪の判断はなく、例えばスラングのような表現が大量に学習データに存在すれば、不適切な表現をアウトプットしてしまうのは不思議ではないでしょう。

こうした問題に対処するため、Chat-GPTなどTransformer以降のモデルでは、人間が一つずつチェックした「なにが望ましく、なにが望ましくない表現なのか」を学習する手順を組み込むといった対策をしています。

世間を騒がせたチャットGPTの可能性と問題点

SNSでは、チャットGPTの精度の高さを驚く声とともに、「情報が怪しい」「事実とは異なる」という声も囁かれています。

チャットGPTの大本となっているTransformerアーキテクチャは、「言語生成をいかにより自然なものにするか」に寄与する発展であり、Chat-GPT開発においても、(その内部構造は論文レベルでも完全に公開されていないため、断定はできませんが)どちらかというと潤沢な資金をつかっていかに膨大なデータを集め処理するかに関心が向いていたように思われます。
したがって、生成されたアウトプットは文章としては自然になりましたが、情報の正確性やそのユーザーにとって良いものかという点ではまた別な技術開発の余地があるようです。

AIは人間にとって代われるのか?

Chat-GPT以外にも、画像生成AIも注目されています。まるで人間が描いたような精度の高い作品に、「人間がAIにとってかわれる日がくるのではないか」と危惧する声が聞かれます。

しかし、AIは「知能」を持っているのではなく、あくまで計算式の塊です。画像生成AIはインターネット上を中心とするさまざまな画像を用いて学習を行います。つまり画像生成には元となる画像が存在しており、AIが一から自分で創作したものではないということです。

谷村氏は、「2023年現在のAIは、人間のようにゼロから世界観を生み出す力、感性や個性といったものはまだ表現できていない」と主張しています。例えば、データさえあれば「ディズニーっぽくなる画像の特徴」や「ジブリっぽい画像の特徴」を分析し、ディズニーっぽい画像を新たな構図等で作成することはできます。しかしAIは、かつてウォルト・ディズニー氏や宮崎駿氏がそうしたような、新たな世界観を作ることはできません。実際、画像生成AIを試してみると、やはり「どこかで見かけたような」画像が多く生成されます。
少なくとも現在のところ、AIは人間にとってかわる存在ではなく、人間が活用できる新しい手段だと考えることができるでしょう。

画像生成に関しては、上記のような状況から元画像の作者たちが「自分の作品を盗用している」という訴訟も起こしています。訴えられたAI開発会社側は「人間も作品を製作する際に先人の作品から学び、制作している。それと同じことだ」と反論しています。
この訴訟には、まだ結果が出ていませんが、今後このような問題はたくさん出てくることでしょう。

AIが人間の職業を代任することはできない

Chat-GPTが公開されてから、コーダーやライターなどホワイトカラーの仕事がなくなるというニュースが出ました。
谷村氏は、画像AI同様、これも人間の職業を奪うものではなく、むしろ人間が扱える武器が1つ増えたのだととらえています。確かにChat-GPTで条件指定をすれば、かなり正しいコードが即時に返ってくるので、コードを書く手間は削減できます。しかし、そもそもどんなコードが必要なのか判断してAIに指示を出し、そして出てきたコードを実行・運用していくのは人間です。コードの作成作業はAIが行うようになりますが、つまるところ、開発や運用の設計図を描けるのは人間であり、それをAIが代任することはできないのです。

ライター業務についても同じことがいえます。AIがそれなりの文章を作成したとしても、そこを出発点としてライターのオリジナリティを乗せていくことになります。例えばブログでも、さまざまな個性があるから面白みがあります。事実配信の自動化などの影響はあるかもしれませんが、エンタメや意見・思想の発信といった文章において、Chat-GPTで作成した文章だけで完結しては、付加価値は低いでしょう。

繰り返しですが、AIの登場は人間の職業を奪うものというより、人間が扱える武器が増え、人類がより様々なことをできるようになったと言えるのではないでしょうか。

武器としてのAIをうまく活用するために

武器となるAIをうまく活用するためには、AIの過去からの現状と今後の可能性を理解しつつ、会社が持つ課題に対してどのようなアプローチをすれば問題解決となれるのか道筋を考えられるAIプロジェクトのリーダーの存在が重要となってきます。

AIありきではなく、AIをどうやって使えば業務を高度化・効率化できるかという着眼点で、目的設計し、実行していく必要があります。そのためにも業務成果に責任をもってAIの活用を考えられる「AIプロジェクトリーダー」が不可欠なのです。

AIプロジェクトリーダーの必要なスキル

谷村氏によれば、AIプロジェクトリーダー(AIプロジェクトのマネージャー)は、AIへの優れた知見だけでなく、以下のようなスキルも必要といいます。

  • 社内外や社会/顧客の問題を見据え、目標を定義するスキル
  • 定義した目標を企画化し、プロジェクトとしてマネジメントするスキル
  • 目標に対して技術的な道筋を立て、エンジニアと協業するスキル

AIプロジェクトリーダーの仕事は、「AI知見」はもちろんですが、これをどのように活用するかといういわば「ドメイン知見」がなければ成立しません。いずれかの能力が欠けても、プロジェクトは失敗に終わってしまうことも考えられます。

専門誌『日経コンピュータ』の「ITプロジェクト実態調査2018」によると、ITプロジェクトの成功率は52.8%で、いまだに半分ほどのプロジェクトが失敗に終わっているという結果が出ています。失敗の理由としては、「要件定義が不十分」「システムの仕様変更が相次いだ」など要件定義に関するものが大半を占めました。

この結果からも、「AI知見」と「ドメイン知見」の両方を持ったリーダーが率いねば、プロジェクトがいかに悲惨なこととなるかがわかります。

AIは第三次ブームの始まり頃からまだ10年ほどと、IT産業と比べても歴史の浅い分野です。そのため人材の確保や育成が難しいという企業も少なくありません。そんな企業に向けて、谷村氏は講演で、AIプロジェクトリーダーの考え方や人材育成法、最新のAI事情などを解説しています。DXの戦国時代を生き抜くために、ぜひ講演の方も検討ください。

参考文献:
総務省 『情報通信白書平成28年度版』「人工知能(AI)研究の歴史」
国土交通省 『令和元年度 国土交通白書」「第2節 技術の進歩」

谷村勇平 たにむらゆうへい

一般社団法人 新技術応用推進基盤 代表理事


コンサルタント大学教授・研究者

東工大大学院卒。大手国際通信会社、米国系戦略コンサルファームを経て起業。【高度な技術×ビジネス変革】の加速・推進に尽力。AI・IoT・DXのデジタル技術進化に伴う新技術活用と人材育成、SDGsなどメガトレンドに対応するモノづくり系技術とビジネスモデルの変革等を専門とする。

プランタイトル

人工知能(AI)プロジェクトのリーダー人材を育成する

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