先日、保育士向けのオンライン研修会が開催されました。登壇されたのは、4人の発達障害を持つ子どもを育てあげ、現在は保育士や支援士、傾聴ヘルパーとしても活動する堀内裕子さん。今回の講演では、アスペルガー症候群、ADHD、LDを持つ長男の謙人さんと登壇し、当事者の声を届けています。
本研修では、事前にいただいた質問に質疑応答する形で、母親と支援士・保育士の立場から発達障害児やグレーゾーンと言われる子どもたちやその保護者への接し方について話しました。最後に謙人さんが登場し、発達障害児に対する無意識のバイアスについて問題を提起。
さまざまな角度から保育・教育のあり方について考えさせられた本研修の一部始終をレポートいたします。
官公庁・学校・PTAチーム
講師 : 堀内祐子 氏
開催時期 : 2023年5月下旬
主催者 : A保育士団体
講演時間 : 90分
聴講者人数: 約400人
講演タイプ: ライプ配信+オンデマンド配信
子育ては観察⇒分析⇒実験の繰り返し
堀内さんは4人の母親です。4人とも発達障害を抱えていて、4人それぞれの難しさや喜びがあったと語ります。
長男・謙人さんは、こだわりの強い幼児期を過ごし、小学高学年になると、学校で不注意、多動、衝動性の強さが 目立つようになりました。
周囲と不協和音を起こしていく中、堀内さんはADHDを疑うようになりました。そして、担任の先生の勧めもあり、クリニックを受診すると、ADHDだけでなくアスペルガー症候群であることが判明します。
まだ「アスペルガー症候群」という言葉はおろか「発達障害」という言葉も一般的ではない頃に、手探りでの子育てが始まりました。
本研修では、謙人さんをはじめとする子ども達のこれまでの様子や子育て、発達障害児への接し方などについて、事前にいただいた質問に答える形で進行していきました。
最初の質問は、発達障害を持つ子やグレーゾーンと呼ばれる子どもたちにどのように接したらよいか。
堀内さんは、自身の子ども達の経験や、放課後デイサービスの支援士として対応した子ども達についてお話をされました。
長男・謙人さんが3歳の頃、幼稚園で絵を描くことを嫌がっていましたが、先生は無理に描かせようとはしなかったそうです。そんなある日、水族館に行き、イルカを見ると、感動したのか、あれだけ嫌がっていた絵を突然描き始めました。その絵はとても素晴らしく、堀内さんは「ステキに描けたね」と言って壁に貼ったそうです。
謙人さんは喜んで、それから多くの絵を描くようになりました。
子どもたちは自分が準備できたときに必ずサインを出す。だからそのタイミングまで待って、子どもがそのサインを出したら逃さないこと。無理強いをさせず、自主性を尊重してあげた方がよいとアドバイスいただきました。
また、謙人さんを例に、発達障害の子どもたちが良くない行動をしたときの対処法について話されました。小さい頃に謙人さんは、母親である堀内さんの言うことは聞かず、父親の言うことだけは聞いていたそうです。だから、謙人さんの父親であるご主人の話し方をじっくりと観察したそうです。ご主人は、謙人さんを呼んで、
「おい、謙人、今から俺の話をきけ」
と言うと、謙人さんの目を見て、
「今やっていることは皆迷惑してる、やめろ、以上」
と、とてもシンプルな言葉で手短に話したそうです。その後、すぐに謙人さん「わかった」と納得したそう。その場面をしっかりと観察し、次にご主人の言い方を分析しました。すると、ご主人の言い方で自分とは異なる点を考えました。
- 最初に息子の名前を読んで自分の方にフォーカスさせる
- 端的に指示を出す
- スタート(俺の話をきけ)とフィニッシュ(以上)の言葉を定める
- 声を低めにいう。
これを真似てみたら、ちゃんと聞くようになったとか。発達障害の子どもは、長い文章を理解するのが難しいため、シンプルで一つの指示だけですと理解しやすい傾向にあります。
4人それぞれ特性の異なる子どもたちの子育ての中で、観察⇒分析⇒実験の繰り返しで、その子なりの対応術を学んでいったそうです。
できないところじゃなくて、できるところを見る
次に「発達障害の子どもを持つ保護者に対して、どんな点に気を付けて話せばよいのか?」という保護者への対応についての質問がありました。
堀内さんは、次男の拓人さんが幼稚園に通っている頃のエピソードを例に出して、話し始めました。
当時の拓人さんは、片付けができない、時間で終わらせられないと先生から苦情を聞かされていたそうです。いつも保育園に行くのに気後れしていたとか。
すると、ある日先生から
「拓人くんは片付けがうまくできないけど、友達のケンカを仲裁するのは上手。だからいちいち「片付けろ」というのは止めました。これから拓人くんの良いところをみることにして、できないことはあきらめました。」と言われて、母の立場としてほっとしたそうです。
そういった経験から、発達障害児の放課後デイサービスで堀内さんが支援士と働いているときにも、お迎えに来たお母さんやお父さんには、マイナスなことは伝えずポジティブなことを伝えるようにしてあげているそうです。
「『あれができなかった』ではなく、『今日はこれができた』『こんなところが良かった』というポジティブな声かけをすることで、親御さんも安心するし、その褒められた言葉を子どもにも伝えるので、親子の関係も良くなるんです」
堀井さんの心強い言葉に、受講者の方々は強くうなずいていらっしゃいました。
また、堀内さんのデイサービスには、暴力や暴言など問題行動をする子どもがいました。同僚の先生が、「このままじゃあの子は嫌われ者になる」とマイナスな発言をしたため、堀内さんは「マイナスなイメージではなく、ポジティブなイメージを持つことが大切」と話したそうです。先生がポジティブなイメージで発言していくことで、クラス全体にもその子に対してポジティブなイメージができてきて、半年後にその子の問題行動はおさまったそうです。
問題行動がおさまって、時間がたってからその子が隣にきて「先生今まで叩いてごめんね」と謝ってきたときには、「本当にこの仕事をやっててよかった」と心の底から思ったとのことです。
「発達障害の子どもはできないことも多い。そのできないことを嘆くより、できることを探し、ポジティブなイメージで接していくこと。」
発達障害のお子さんを抱える家庭では、第一子やシングルマザー・ファザーなど、必要以上に不安を抱えている方も多いです。
園で起きている問題行動は家庭でも起きているはずです。だから、問題行動を知らせるより、成長したこと、できたことを知らせる。そうすることで、お母さんもお父さんもポジティブなイメージを持って子どもに接することができる。
保育士はそのための重要なナビゲーターであるという話をされました。母親、保育士の立場からとても重要なお話を聞かせていただきました。
当事者だから感じる発達障害者へのバイアス
最後に謙人さんが、質疑応答形式で登壇されました。
「これまで生きづらかったことは?」
「発達障害児を受け入れるためにはどんなことが大切か?」
そんな質問に対して、いつも障害者という色眼鏡で見られることが一番辛かったと言います。
「自分は発達障害が「障害」とは思っていない。発達障害というレッテルを貼られることで、必要以上に特別視されている。それは、裏に「どうせこの子はできない」という無意識のバイアスが働いているから。自分たちのような発達障害を持つ者はすぐにこのバイアスを見抜くことができる。
ダイバーシティとかインクルーシブ教育とか言われるが、まずはそのバイアスに気づき、発達障害のある子もそうでない子も関係なく、子どもに対して1人の人間として接するべき。」
謙人さんは画面を真っすぐ見ながら、保育士の方々に強いメッセージを発信していました。
母親、当事者の生の声に心打たれた時間
母親である堀内さんは、優しく思いやりあるメッセージを送っていた一方で、謙人さんは実に真っすぐと今教育現場が抱える問題を提起していたのが印象的でした。
謙人さんの話が終わると、最後に堀内さんが謙人さんの言葉を補足するかのように、今日本の教育現場では発達障害児がまるで腫れものを触るかのように扱われていることについて苦言を呈していました。
「前半で、発達障害児の子どもに対してポジティブな声かけの重要性を説きましたが、大げさな褒め方はかえって子どもたちの心を遠くしてしまうこともある。障害児ということに注目するのではなく、その子自身に注目して、他の子と変わらぬ接し方が必要である」
堀内さんは最後にこうまとめました。
子育て論や教育論は、どれも同じものであるわけではありません。ある子に効いたやり方が他の子には効かないこともあります。だから、堀内さんがおっしゃったように、一人ひとりに合わせたやり方を、観察⇒分析⇒実行しながら、手探りで探すほかないのかなと感じました。もちろん、子どもたちに接するときは、子どもではなくひとりの人間として丁寧に接してあげること。そして、まずは自分の中にある発達障害児へのバイアスに気づくこと。
お二人のお言葉から、そのことを感じ取ることができました。
講演や研修の成果を評価する際に「気づきがあったか」という基準があります。今回の研修は、個人的にも多くの気づきがありました。
受講された方からも「自分のバイアスに気づけた」「保育姿勢そのものを見直すよい機会となった」などの感想をいただきました。さまざまな気づきや学びのある堀内さんの講演は、保育士や教育者の方々にぜひ聞いていただきたい内容となっています。保育士や教職員研修にぜひご検討下さい。
堀内祐子ほりうちゆうこ
自閉症スペクトラム支援士 特別支援士 傾聴心理士
教育・子育て関係者
発達障害(アスペルガー症候群、ADHD、LD)をもつ4人の子どもの母親。「ゆるみ☆子育て」代表、自閉症スペクトラム支援士、特別支援士、傾聴心理士としても活躍中。講演では、発達障害有無に関わらず、子育て問題、問題行動に悩む母親・父親への対応法について具体的・実践的に語る。
プランタイトル
子どもを理解する力
~4人の発達障害の子育てから学んだこと~
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