「睡眠ブーム」「快眠ブーム」と言われるほど、近年は「睡眠の質向上」への興味関心が高まっています。良い睡眠が美容や健康に良い影響を与えることはよく知られていますが、その効果として新たに注目されているのが、パフォーマンスを向上させる効果です。最近ではメジャーリーガーの大谷翔平選手がパフォーマンスのために睡眠を非常に重視していることも話題になりました。
一流スポーツ選手も重要視する睡眠の効果とは? 睡眠活用の専門家であるスリープ・パフォーマンスカンパニー代表の小林瑞穂(こばやしみずほ)さんに、睡眠の質を上げる方法とその効果について解説していただきました。
【監修・取材先】
小林瑞穂氏
スリープ・パフォーマンス カンパニー代表
睡眠活用の専門家 睡眠講師
質の高い睡眠とは。良い眠りの3つの条件
実は「日本人の約半数は睡眠不足の疑いがある」(参照「東京西川睡眠白書2018」)というデータがあるほど、現代日本人の多くが睡眠に悩んでいるようです。では、そもそも睡眠不足にならない「質の高い睡眠」とはどのような状態なのでしょうか。小林さんによると、大切なのはバランスのようです。
小林:どのような睡眠が最適かは個人差が大きいため、睡眠の質を評価する上で重要なのは“睡眠全体のバランス”です。睡眠の質というと「○時間睡眠がいい」のようにピンポイントで語られることもよくありますが、人によって必要な睡眠の量や深さが違うため、万人に合った睡眠時間や深さの基準はありません。厚生労働省でも質の高い睡眠に関しては「多面的に評価する必要がある」として、様々な指標を提示しています(参照:厚生労働省 「第3章 より健康的な睡眠を確保するための生活術」より)。
では、どのような条件に当てはまれば質の高い睡眠と言えるのでしょうか。小林さんが考える質の高い睡眠の3つの条件について以下の通り解説していただきました。
1. 眠りの長さが適切
長く眠れば良い睡眠というわけではありません。その時々の年齢や体質によって、必要な睡眠の長さは異なるからです。一般的に成人に必要な睡眠時間は6〜9時間とされているので、たとえば40代の方が十数時間眠る赤ちゃんと同じだけ寝てしまっては寝すぎになります。自分に合った範囲で十分な長さの睡眠を取れていることが、質の高い睡眠の条件の1つです。また、十分な長さを確保していたとしても、リズムが崩れていては良い睡眠とは言えません。できるだけ毎日規則正しい時間に、適切な長さをとれていることがポイントです。
2. 眠りの深さが適切
睡眠には「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」があります。「深い眠りの段階」として語られることが多いノンレム睡眠ですが、実は「N1」「N2」と言われる浅い段階と「N3」と言われる深い段階に分かれており、それぞれの段階が違った役割を果たしてます。N3の深い睡眠がしっかりとれることは睡眠の質向上にとって重要なポイントですが、浅い眠りをとることもまた重要です。レム睡眠を含めすべての睡眠段階を適切にとれている状態が、質の高い睡眠と言えます。
3. 寝付きが良く目覚めが良い
「おやすみ3秒」と言われるように横になって数秒で寝付けるという方もいらっしゃいますが、それはもはや気絶。寝付きが良いとは言えません。逆に、布団の中でいつまでもゴロゴロとしているのもよくありません。理想的な寝付きまでの時間は、横になって数分〜15分程度です。また、途中で寝覚めてしまう「中途覚醒」や、二度寝三度寝をしてスッキリ起きられないのもよくありません。15分以内に寝付き、一度でスッキリ目覚められるのが良い睡眠の条件です。
睡眠不足は蓄積する? 睡眠負債とは
「睡眠の質向上」とともに注目を集めているワードがあります。それは「睡眠負債」。「睡眠負債」とは、その人にとって必要な睡眠時間より毎日1~2時間程度のちょっとした寝不足が借金の様にジワジワ蓄積された状態、つまり「蓄積された睡眠不足」のことです。
睡眠負債がおよぼす影響
睡眠負債は私たちの体にどのような影響をおよぼすのでしょうか。小林さんに睡眠負債の影響を聞いてみると、驚きの答えが返ってきました。
小林:適切な睡眠時間が約8時間である人が6時間睡眠を2週間続けると、脳機能(認知・判断・反応など作業能力)が2晩徹夜したのと同程度に下がります。これは飲酒運転で検挙されるくらい酔った状態と同じ脳機能レベルです。
徹夜や飲酒をした経験のある方なら、睡眠負債によってどれだけ体に不調をきたすかご想像に難くないでしょう。さらに慢性的に睡眠負債が積み重なっていけば、体や心はより深刻なダメージを受けます。小林さんによると、睡眠負債によって主に以下の病気のリスクが高まるそうです。
- 睡眠障害
- 生活習慣病
- うつ病などの一部精神疾患
- 認知症
特に認知症のリスクは2〜3倍に、糖尿病のリスクは4〜5倍に、うつ病のリスクは6倍にもなるというから驚きです。では、どのように睡眠負債を解消すれば良いのでしょうか?
睡眠負債に寝溜めは無意味?
借金の場合はまとめて返済すれば負債を一気になくすことができますが、睡眠負債の場合、まとめて返済するには時間的に限度があります。小林さんに睡眠負債の返済方法について伺いました。
小林:よく「寝溜め」と言いますが、睡眠は溜めることができません。週末などに寝溜めしている人は、「溜めている」のではなく溜まった負債を「返済」しているのです。「週末は2時間以上長く寝てしまう」という人は、睡眠負債を疑った方が良いでしょう。睡眠負債の予防や返済には、昼寝はとても有効です。だからといって夕方以降に寝てしまうと、夜の本睡眠に影響が出てしまいます。まずは睡眠負債を作らないようにすることが大前提ですが、睡眠負債ができてしまったら無理にまとめて返済しようとせず、溜まる前に細かく減らしていくようにしましょう。睡眠負債を作らないためにはやはり、睡眠の質が重要です。
睡眠の質を高める7つの方法
睡眠負債を作らないためには睡眠の質が重要とのことですが、質の高い睡眠をとるにはどうすればいいのでしょうか。小林さんに睡眠の質を高める7つの方法をご紹介していただきました。
1. 目覚めとともに強い光を浴びる
強い光には体内時計のリセット効果や、心のバランス調節を担ってくれる「セロトニン」というホルモンを促す効果があります。セロトニンは入眠を促す作用のある「メラトニン」というホルモンの原料にもなります。メラトニンは起床後15〜16時間後に分泌されるため、朝にしっかりセロトニンを分泌させることが重要です。目覚めたらカーテンを開けて朝日を浴びるなど、2,500Lx以上の強い光を浴びるようにしましょう。
2. 寝る前にリラックスタイムを設ける
入眠には副交感神経の働きが優位になる必要があるため、体だけでなく脳や心もリラックスさせることが重要です。眠る前にスマートフォンを見ていたり、悩み事について考えたりすると脳や心がリラックスできないため避けましょう。どうしても考えが巡る場合は、マインドフルネス瞑想など、気分が落ち着く方法を取り入れてみるのも良いでしょう。体のリラックスにはお風呂がおすすめです。夜はぬるめの湯温で長めに入浴するとリラックス効果が高まります。
3. 寝室の環境を整える
体に合わない寝具で寝れば首や腰を痛めますし、寝苦しいほど暑い部屋では質の良い睡眠はとれません。体にあった寝具を用意し、光、音、温度、湿度を快適な状態にするといった寝室の環境を整えることも、睡眠の質を高める重要なポイントです。
【理想的な睡眠環境】
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4. 睡眠中央値を保つ
「睡眠中央値」とは、入眠から起床するまでの真ん中の時間のことです。たとえば22時に寝て6時に起きた場合、睡眠中央値は2時になります。睡眠中央値の大きなズレは体内時計のリズムのズレにつながるため、快眠にとって重要な要素です。夜更かしをしたときはいつもより遅くまで寝ていたくなるかもしれませんが、睡眠中央値を保つためにはいつも通りの時間、またはいつもより早起きした方が良い場合もあります。一定の睡眠中央値で十分な長さの睡眠を確保できるよう、できる限り同じ時間帯に眠るようにしましょう。
5. 適度に疲労する
適度な疲れも質の良い睡眠を得るための重要なポイントです。肉体的にある程度疲労していないと、そもそも眠気を起こすシステムが働かず寝つきが悪くなったり、深く眠りにくくなります。逆に肉体が疲労しすぎていると、体温が中々下がりにくかったり、痛みを感じたりして寝つきが悪くなります。現代人に多い脳疲労・精神疲労も、興奮によって入眠モードに移行できず、寝つきが悪くなる原因です。脳も体も「適度に疲れる」ことを意識しましょう。
6. 食事の栄養バランスとタイミングを整える
栄養の偏った食事は睡眠の質を低下させるので、まずは栄養バランスの取れた食事をとることが大切です。食事は体内時計のリズムにも影響するため、毎日同じ時間帯にとるようにしましょう。また、お茶やコーヒーなどのカフェイン入りの飲み物は眠気を覚ます効果がありますし、アルコールには入眠効果がある反面、深い眠りを妨げる効果があります。睡眠前は飲み物にも注意しましょう。
7. 生活満足度が高い
「それなりに元気で楽しく働けている」という生活満足度の高さは、実は良い睡眠のためのとても大切な要素です。「なんかしんどい」「毎日がつまらない」のように心が不満の状態では、睡眠に影響が出る可能性は高くなります。趣味を作ったり、家族や友人との時間を楽しんだりして、生活満足度を高めるようにしましょう。
年間15兆円の経済損失!睡眠不足は生産性を大きく落とす
「自分の能力を100%引き出して、この日本で、社会で、会社で活躍して生きる方法が睡眠です。それが質の良い睡眠だと、さらにパフォーマンス向上につながります」と話す小林さん。では、睡眠の質はどのくらいパフォーマンスに影響するのでしょうか。
小林:睡眠の質は判断力や認知力に影響します。先ほど「適切な睡眠時間が約8時間である人が6時間睡眠を2週間続けた場合、脳機能が2晩徹夜したのと同程度になる」とお話ししましたが、この状態で様々なテストを行い、比較研究した論文(※)があります。この論文によると、睡眠負債がない場合に対し、睡眠負債がある場合は誤回答率が3倍にまで跳ね上がり、回答スピードも大幅に低下しています。
※参照:National Library of Medicene “Patterns of performance degradation and restoration during sleep restriction and subsequent recovery: a sleep dose-response study”
さらに「睡眠は発想力や記憶力にも影響する」と小林さんは続けます。
小林:脳の疲労が回復するのはノンレム睡眠の中のN3という深い眠りのときだけです。このN3の間に、脳はキャッシュクリアのように不要な記憶をどんどん消去し、必要な記憶を定着させると言われています。逆にレム睡眠やN1、N2などの浅い眠りのときには、記憶を引き出しやすいよう整理整頓したり、ストレスとの折り合いをつけて緩和したりしていると言われています。このように脳は睡眠全体を通して回復や整理を行っているため、良質な睡眠をとれなければ、頭がぼんやりした状態が続いて発想力や記憶力に影響が出てしまいます。
小林さんは、このような睡眠不足によるパフォーマンスの低下が日本経済に影響をおよぼしていると警鐘を鳴らしています。非営利団体RAND Europeが発表した「睡眠不足による経済損失額」によると、睡眠不足による日本の経済損失額は約15兆円もの膨大な額になるそうです。そこで小林さんが勧めているのがスリープ・パフォーマンス(睡眠活用)です。
生産性向上にはスリープ・パフォーマンスが重要
スリープ・パフォーマンスとは、「睡眠を削らずに、個人の力を100%発揮し、生産性を向上させる仕事の進め方」のことです。ビジネスパーソン個人としてだけでなく、会社全体、特に管理職や経営者の方にスリープ・パフォーマンスを意識してほしいと小林さんは話します。
小林:これまで述べてきたように、睡眠不足は様々な能力に影響を与えます。睡眠を削ってまで仕事に取り組む姿勢を評価する方もいらっしゃいますが、十分な睡眠をとれないと個人の力を発揮しきれません。たとえば、記憶がなかなか定着せず「せっかく研修しても身につかない」「何度も同じことを教えなければならない」といった状態になる場合もあります。生産効率の維持向上だけでなく、社員教育の観点からもしっかりと睡眠を取れる環境を作ることは重要です。
スリープパフォーマンスの効果
小林さんによると、スリープ・パフォーマンスはすぐにパフォーマンス向上を実感するのではなく、段階を追って効果を実感していくものだそうです。実際に小林さんのスリープ・パフォーマンス研修を導入された数々の企業では、次のような順に効果が現れています。
効果1 目覚めがスッキリする
第1段階として感じる方が多いのが、朝スッキリと目覚められるということです。なかなか起きられず、朝のスタートが遅いという方にはこれだけでも大きな違いかもしれません。
効果2 メンタルが軽くなる
第2段階になると気持ちが楽になります。不安や悩みの原因は変わらないとしても、睡眠によってそこから感じる不安やもやもやが減少すると感じる方が多いようです。
効果3 プライベートが充実する
第3段階では、プライベートにも良い効果が現れます。家族から「会話が増えた」と言われるようになった方や、休日に出かけることが楽しくなったと感じる方が多いようです。
効果4 集中力や作業スピードが上がる
最後に、集中力や作業スピードなどのパフォーマンス向上を実感します。約1ヶ月の睡眠改善チャレンジで、「午前中集中できるようになってきた」「以前に比べてこなせるタスクが増えた」といったパフォーマンス向上を実感できるようになるようです。
小林さんによると、年齢性別問わずほとんどの方が上記のような順で効果を感じるようですが、改善したいポイントに合わせて取り組み方を変えると実感するスピードも変わるそうです。
スリープ・パフォーマンスの活用法とそのメリット
スリープ・パフォーマンスは実際にどのように活用されているのでしょうか。小林さんによると、スリープパフォーマンスは主に以下のような目的で活用されているそうです。
活用法1 リスク管理
最も基礎的な活用法として挙げられるのが、事故防止などのリスク管理です。危険が伴う現場での睡眠不足は事故に繋がるため、安全大会などの研修でもスリープ・パフォーマンスがよく取り入れられています。また事故防止だけでなく、うつ病などによる離職率を低下させるという目的でも活用されています。
活用法2 ミス・ロスの削減
次に活用されるのが人的ミス・ロスの削減目的です。これまでご紹介したように睡眠不足は脳機能低下により人的ミス・ロスを引き起こすため、会社に損失を与える可能性があります。そうした睡眠不足によるパフォーマンス低下を改善し、人的ミス・ロスを削減するため、スリープ・パフォーマンスが活用されています。
活用法3 生産性向上
生産性を向上させる目的でもスリープ・パフォーマンスは活用されています。睡眠の質を改善する方法を応用していけば、個人の能力をより引き出したり、新たなスキルを身に着けたりすることができるからです。スリープ・パフォーマンスを活用すれば、睡眠不足によってマイナスになっていた生産性をゼロに戻すだけでなく、プラスに転じさせられます。
スリープ・パフォーマンスで生産性を上げるには
企業がスリープ・パフォーマンスによって生産性を上げるには、環境を整えることが重要だと小林さんは話します。なんと、電灯を替えただけで睡眠の質が上がってパフォーマンスが向上した例もあるそう。人によってパフォーマンスを発揮できる時間帯が違うため、フレックスタイムの導入も効果的だそうです。
小林さんの講演では、受講日当日から取り組めるノウハウを交えながら、パフォーマンスと生産性を向上させるスリープ・パフォーマンスについてさらに詳しく解説しています。興味を持たれた方はぜひ、システムブレーンよりお申し込みください。
小林瑞穂 こばやしみずほ
スリープ・パフォーマンス カンパニー代表 睡眠活用の専門家 睡眠講師
医療・福祉関係者経営者・元経営者コンサルタント
薬剤師として5万人以上の睡眠改善に関わった経験を基に、現在は心と体の健康を軸とした、「生産性向上のためのスリープパフォーマンス研修」のほか、「ポジティブ睡眠法」など全国各地で講演活動を実施。エビデンスに基づいた知識と体感型ワークを融合した講演・講座は楽しく学べると好評を博す。
プランタイトル
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