心の病を持つ「妻」と過ごす中、自ら心理カウンセラー資格を取得した元お笑い芸人の鮎川ヒロアキさん。「芸人カウンセラー」と自称する鮎川さんの講演は、うつ病等の重たいテーマも笑いを交えてテンポよく語り、多くの患者さんやその家族、患者さんに関わる仕事をする人々に元気と教訓を与えています。
先日、自殺予防推進を目的としたオンライン市民講座が行われ、鮎川さんが登壇されました。
精神疾患を抱える「妻」との日常生活、寄り添って気づいたこと、また、鮎川さんのライフワークである「ゲートキーパー」という活動についてたっぷり90分お話いただきました。
涙する人もいた感動の講演の一部をご紹介します。
官公庁・学校・PTAチーム
講師 : 鮎川ヒロアキ 氏
開催時期 : 2023年8月末
主催者 : A市福祉課
講演時間 : 90分
聴講者人数: オンライン約100名
講演タイプ: オンライン個別視聴型
心の病を持つ「妻」との出会い
鮎川さんは、自身を紹介する上で欠かせない「妻」との出会いをお話くださいました。
もともと鮎川さんは吉本のお笑い養成所NSCの16期生でお笑い芸人として20年ほど活動していました。「妻」と出会ったころ、鮎川さん自身はお笑い芸人として忙しくする中、実父が末期がんで借金2000万円を残したまま亡くなります。一方、「妻」は小さいころに「妻」の父が事業に失敗し、それ以降その父から虐待を受けるようになり、それが原因でうつ病を発症していました。結婚以前に、「妻」のうつ病が深刻化したため、「妻」は当時の担当医から「親と関わらない方がよい」と言われ、実の両親と2年間会っていなかったそうです。
お互いに境遇が似ているなと感じたことで、意気投合し、結婚を決意するまでになります。
結婚が決まり、良い式にしたいと鮎川さんは「妻」の両親との仲を取り持ち、両家の家族が揃い和やかな結婚式を実現できたそうです。
「妻」がこれまでの思いを実父に吐露
結婚して落ち着いた「妻」は、父に本当の気持ちを話したいと言ったそうです。自分が落ち着いた今ならきっと分かり合えるだろうとかすかな望みを抱きながら、「妻」は義父に電話して、これまでの思いを打ち明けました。
暴力をふるった父親が怖ったこと、父親が単身赴任のとき母と節約しながら頑張って借金を完済したこと。「妻」がこれまでの思いを全て吐露すると、義父は「もうお前は娘じゃない、勘当や」と激怒し、その怒号は「妻」の横にいた鮎川さんにも聞こえるほどでした。
そこから、妻のアイデンティティーが崩壊し、「自分なんかいない方がいいんだ」「消えてしまいたい」と自殺願望が高まり、妻を家に一人でおいていくことがままならなくなったそうです。当時、鮎川さんはお笑い芸人だけで食べていけずにアルバイトをしていましたが、バイト先には「インフルエンザです」とウソをついて、2週間休みました。「死にたい」という妻に付き添っているうちに、自分も頭がぼぉーとしてきて何も考えられない状態になったそうです。
しかし、このままでは食べるものがなくなってしまうということで、2週間後に鮎川さんはバイトに行くことにします。バイトにいくために電車に乗っているとき、妻から「死にます」というメッセージが電話に来たそうです。「これは危ない」と思い、日頃から妻の状態を共有している共通の友人に電話してすぐに駆けつけるようにお願いしました。慌ててその友人が家に行くと、妻はちょうど首をつっていたところだったそうです。友人があと数分遅れていたらと思うとぞっとしたとのこと。やはり、一人で支えるのには限界があるから、日頃から何でも話せる友人や知り合いを一人でもいいので作っておくべきだと話していました。
コロナ禍で気づかされたこと
コロナ以前に減少傾向にあった自殺者数ですが、コロナ禍になってからじわりじわりと増加し、昨年(2022年)の自殺者数は前年(2021年)に比べ874人増の21,881人となりました(警察庁資料より)。
また、コロナ禍で孤独を感じる人(「しばしば・常にある」「時々ある」「たまにある」と答えた人)は割合が前年(2021年)より3.9%増えて40.3%となりました(孤独・孤立の実態把握に関する全国調査 令和4年版より)。年齢層で見ると一番多いのが20代(47.9%)、次いで50代(46.2%)、30代(45.9%)の順となっています。
コロナ禍は孤独感を感じる人や自殺者が増加するなど多くの弊害を生み出した反面、鮎川さん自身は「妻」の心を理解する良い機会となったといいます。緊急事態宣言で街が止まったというニュースを見ている時に「しんどいな」と言っている鮎川さんの横で、「妻」は「やっと息ができた」とつぶやいたそうです。
「どういうことや?」と「妻」に聞くと、「自分は同年代の人に比べて仕事もできないから不甲斐なさを感じていたが、皆が一様に足を止めてくれたおかげで、やっとこの生きづらさから解放されて、息ができるようなった」と答えたそうです。
鮎川さんは「僕たちのような人はコロナ禍で生きづらさを感じるようになった。でも、妻のように心の病を抱える人はこのような生きづらさをコロナ禍以前から常に感じていた。コロナ禍のおかげでそれに気づくことができた」と話していました。
ゲートキーパーとしての役割
心の病を背負い、常に自殺願望のある「妻」に寄り添う中、鮎川さんはゲートキーパーになることを決意したそうです。
ゲートキーパーとは、「悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る人」のことです。ゲートキーパーは以下の4つの役割があるそうです。
- 気づき:家族や仲間の変化に気づいて、声をかける
- 傾聴:本人の気持ちを尊重し、耳を傾ける
- つなぎ:早めに専門家に相談するように促す
- 見守り:温かく寄り添いながら、じっくり見守る
このゲートキーパーは、心理士等特別な資格は一切必要なく、だれでもなれるそうです。
前述した通り、コロナ禍で自殺者数が増加し、「ますますゲートキーパーのニーズが高まってきている」と鮎川さんは言います。
悩んでいる人への寄り添い方
ゲートキーパーの最初の行動は、悩んでいる人の存在に気付くこと。
自殺したいと考える多くの人は、最初に自傷行為に走るそうです。それも一つのサインだと言います。
鮎川さんは、自傷と自殺の違う点について、鮎川さんが師と仰ぐ精神科医・松本俊彦先生の著書より引用して、説明しました。
- 自殺とは「苦痛しか存在しえない世界からの脱出」
- 自傷とは「苦痛に満ちた世界からに堪え忍ぶこと」
最初の自傷行為は死ぬ気でやっていることが多いそうです。自傷行為をすることで、鎮痛効果を発見し、自傷を繰り返すようになります。この時点でだれにも気づかれないように秘密裏にやります。
鮎川さんは以前、自傷行為をくり返す人から「なぜ自傷行為をするのか?」と聞いたところ、その人はこう答えたそうです。
「自傷行為をする人は生きづらさや苦しい気持ちをうまく表現できないために、(自傷行為をすることで)自分が理解できる痛みに変換している」
息苦しい気持ちをうまく吐き出せないために自傷行為を繰り返し、そのうち耐性ができてしまい、さらに自傷行為がエスカレートしていきます。
この時点で、すでに自傷にコントロールされるようになり、人目を気にせずに自傷行為をするようになるそうです。
以前は、リストカットして血の付いたティッシュも隠して捨てていたのに、ここまでくるとティッシュを捨てることさえ忘れてしまう。それが周囲の人に発見され、「かまってほしい」とアピールしているかのように捉えられる。そのことが当人にとって「自分が周囲の人に迷惑をかけている」という負い目となり、負のサイクルに陥ってしまうそうです。
ここでゲートキーパーが必要となります。
自傷行為を秘密裏に行っている人は、なかなか自分の気持ちを人に伝えることが苦手です。「辛い」「死にたい」と自分の気持ちを人に伝えることができれば、自殺にまで至りません。そのような人たちの存在に気づいて、声をかけて、心の声を引き出してあげることで自殺者を減らすことはできると言います。
自傷や自殺したいと考える人は、人に否定されることを特に怖がっています。だから、とにかく自分の意見を言わずに、気持ちだけを聴いてあげること。
これは「傾聴」という手法ですが、相手の気持ちをそのまま受け入れ、それを要約して繰り返すことで、相手の心を言語化することにつながります。
先ほど自傷行為を繰り返す人が「生きづらさや苦しい気持ちをうまく表現できない」と言っていましたが、鮎川さんは「ゲートキーパーはその気持ちの言語化する手伝いをする人なのだ」と付け加えました。
質疑応答では当事者家族からの質問も
さらに鮎川さんの講演は、ゲートキーパーの役割や自殺者を出さないために周囲は何をすべきかについて、自身の経験談を交えながら細かく解説していきました。
今回の講演は、地域の保健師や民生委員の方々も参加しており、大変有意義な時間になったと思います。
最後の質疑応答では、保健師の方や自死当事者家族からのご質問が出ました。
当事者家族からのご質問は特に印象的で、ご自身の経験を話した後「どうすれば自殺者を減らすことができるのか」と質問されました。鮎川さんは、「まずこのような公の場で辛い経験を話していただいたことにありがとうと言いたいです」と感謝の意を伝え、「自殺したいと思う原因は一つではなく複雑に絡み合っているから、まずはその思いを周囲の人が言語化してあげることが必要」と優しく説いていました。
鮎川さんの優しいお人柄や真摯な姿勢が感じられ、講演会は和やかな雰囲気の中閉会しました。
開催後のアンケートでも高い評価をいただき、参加者の視点からも素晴らしい講演であったと思います。
「自殺」という重たいテーマでしたが、時折「笑い」を入れていただいたお陰で、講演後晴れやかな気持ちになれ、「周囲の人たちの悩みを聴いてあげたい」という前向きな姿勢もできました。
鮎川さんの講演は、参加者に気づきを与え、自然と前向きな行動へと促すポジティブな影響力を持っています。市民講座や学校・PTA主催の講座、企業向けのメンタルヘルス講座等におすすめの講師です。興味を持たれた方はぜひシステムブレーンまでお問い合わせください。
鮎川ヒロアキ あゆかわひろあき
心理カウンセラー
タレント・芸能関係者医療・福祉関係者
メンタル心理カウンセラー、上級心理カウンセラー等の資格を持つ元お笑い芸人。精神疾患を支える家族会での講演や、医療系大学での講義など幅広く活動。妻が精神疾患である為、支える側の当事者としてのリアルな体験を伝えている。また、中高年のひきこもり「つどいの広場」YouTubeライブを毎月開催。
プランタイトル
“生きる”を支え、寄り添うということ
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