ウクライナ侵攻や中東問題といった戦争に関するニュースが毎日のように聞かれる中、日本でも安全保障への関心が高まっています。今、日本にはどのような脅威があるのか。そして、私たち日本国民が安全保障のためにできることはあるのか。
ソマリア沖への自衛隊派遣や九州北部災害支援など、2019年まで4年半にわたって自衛隊統合幕僚長として指揮を執ってきた河野 克俊(かわの かつとし)さんに、日本の安全保障の現状と目指す未来についてお伺いしました。
日本も他人事ではない。
脅威が迫る今、体制や制度を変える必要がある
――まずは今の国際情勢と日本の置かれている状況についてお聞かせください。日本にはどういった安全保障上の危険が考えられるのでしょうか?
河野 色々ありますが、まずはウクライナ、中東、そして台湾海峡危機と言われる地域。この3地域の問題は、日本のみならず世界全体として大きなホットスポットだと思います。そして、これらについては別々の脅威として見るのではなく、関連づけて見た方がいいと私は考えています。なぜなら、これらのホットスポットによって世界は3つに分かれているからです。
1つ目は日本を含むアメリカや西側諸国などの自由主義陣営。つまりは、今までの国際秩序を維持したいと考えている人たちです。2つ目は中国、ロシア、イラン、北朝鮮といった、いわゆる専制主義国家と言われる国々です。彼らは自由主義陣営とは逆に、これまでの国際秩序ではない新しい秩序を作ろうとしています。3つ目はその中間のような立ち位置にある、グローバルサウスと呼ばれる国々です。これらの分断が非常に明確化しつつある今、自由主義国家に属する日本も、他人事ではいられません。日本は自分たちのポジションをしっかりと理解し、安全保障政策を進めていかなければならないと考えています。
――「日本の防衛力は高い」という声もよく聞きますが、実際日本の防衛力は高いのでしょうか?
河野 日本は確かに防御力で見ればある程度の強さを誇っていますが、憲法9条の制約から攻撃力が非常に弱い状態です。しかし、「他国から攻撃をされない」という“抑止力”を持つためには、高い攻撃力も必要になります。盾と矛のどちらもなければ防衛はできませんが、日本は今、盾しか持っていないアンバランスな状態なのです。
そのため日本は日米安保(日米安全保障)条約によって矛の役割をずっとアメリカに頼ってきました。しかし、現在は日本もアメリカも国力が落ちている状態です。日本に何かあればアメリカが助けてくれると思っている日本人は多いと思いますが、ウクライナを見て分かるように、アメリカは日本自身が戦わなければ助けてくれないでしょう。ですから日本も自国で攻撃力を持てるようにし、アメリカとは対等な同盟関係にすべきだと私は考えています。
――そうなるとやはり憲法9条改正という話になるかと思いますが、憲法9条についてはどのようにしていくべきだとお考えですか?
河野 そもそも自衛隊というのは、警察予備隊から始まったものであり、軍隊ではありません。自衛隊は軍隊と同列にとらえられがちですが、全く別物なのです。警察組織は法律で非常に厳しく制御されており、法律に書かれたことしかできません。
一方、一般的な他国の軍隊は、国際法や人道に反すること以外は基本的に制限がない状態です。つまり自衛隊は、軍隊のような役割を担っているにも関わらず、警察組織の法律に縛られているという矛盾を抱えているのです。
憲法9条で軍隊を持つことが禁止されているため、自衛隊は違憲であるという声も出ています。そのため現在、憲法9条改正案として自衛隊を憲法に明記する案が出ています。確かに自衛隊を憲法に明記すれば違憲という声はなくなりますが、この自衛隊の成り立ちによる根本的な矛盾は、自衛隊を憲法に明記するだけでは解消されません。
――では、現在の改正案では不十分だとお考えなのですか?
河野 現在の自衛隊明記という方法は、国民が今後憲法9条をどうしていきたいかを考える第一歩としては良いと思います。しかし、根本的な解決のためには、新しく軍組織を創設し、法律的な仕組みを変えることが一番です。
第二次世界大戦後にできた体制や制度を戦後レジームと言いますが、日本はいまだに戦後レジームを引きずっているところがあります。もうその体制を作ったGHQなどはないのですから、日本人の判断で新しく体制や制度を考えていくべきです。
進みつつもまだ不十分な安全保障。
重要なのは戦後レジームを断ち切る議論
――日本政府としても以前より危機感を持って安全保障に取り組んでいるように思います。現在の国の安全保障対策を、河野さんはどのように評価していらっしゃいますか?
河野 安全保障3文書(※)の改訂により、日本は反撃能力を保有できるようになりました。これは私が現役時代にはタブーとされていたことですが、国際情勢を受けて、ついに政府が踏み込んだわけです。まだ本格的な攻撃力の保持には至っていないため十分ではありませんが、この改訂が日本にとって大きな一歩となったと思っています。
ただ、「憲法9条が今の日本にとっていいものなのか」という議論がきちんとされていないことは課題です。憲法審査会を見ても9条に関する会議が開かれず、議論することを避けているように見えます。この議論はきちんとなされるべきだと考えています。
※2022年12月の国家安全保障会議で決定した「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」のこと。
――防衛費拡大についても注目されていますが、防衛費はやはり十分ではないのでしょうか?
河野 以前まで日本の防衛費は、GDPの1%に設定することが暗黙の了解とされていました。しかし、世界的に見ると防衛費はGDPの2%程度が一般的です。しかも他国は武器の輸出で得た利益を防衛費に充てていますが、日本では武器の輸出が禁止されているため他国より財源が少ない状況です。
武器輸出ができなければ国内の防衛産業が発展しませんし、自衛隊にしか販売できないため大量生産ができず、価格が非常に高くなっています。これにより、日本の自衛隊装備の整備や補給などはなおざりになっていました。防衛費を上げれば、この不十分さを解消し、しっかりとした装備を持つことができます。
第二次世界大戦のイメージから、日本が武器を売ると「死の商人」のような印象で見られることが多くありました。しかし、例えば今、必死で戦っているウクライナにとって、武器支援をしてもらえない方が大きな痛手ですよね。そのように第二次世界大戦の悪いイメージによって議論すらしなくなってしまった戦後レジームを断ち切り、武器産業に関しても現実的な議論をしていく必要があると思っています。
――実際戦争が始まってしまった場合、日本に侵攻されることや、徴兵ということも考えられるのでしょうか?
河野 まずはそうさせないための武力を持つことが重要ですが、戦争が起こってしまった場合、戦火が波及することは十分に考えられます。その場合はもちろん自衛隊が戦うことになりますが、後方支援などの部分を一般の方に担っていただくことはあると思います。普段は民間で普通に働いていただいて、有事の際には助けていただくというイメージですね。
――まるで町の消防団のようですね。
河野 その通りです。常時数百万の軍を持つことは非効率ですから、韓国やスウェーデンの兵役制度のような体制になるのではないでしょうか。これもある意味徴兵制ですが、だからといって韓国やスウェーデンが軍事国家というわけではないですよね。国のあり方として、この辺りも冷静に考える必要があると思います。
変わり始めた日本国民の意識。
脅威に囲まれた状況で私たちがすべきこととは
――国の安全保障対策が良い方向に進んできたというお話をしていただきましたが、一般の方々の意識も変化していると感じていらっしゃいますか?
河野 かなり変わってきましたね。特に若い世代の方が、イデオロギーやしがらみがなく、現実を直視する傾向が強いように思います。以前はいわゆる団塊の世代から上の方々などは、「日本は悪いことをした国だ」「日本が何もしなければ世界は平和だ」という教育をされてきたため、自衛隊の海外派遣にも否定的な方が多くいらっしゃいました。しかし、そういった世代の方々もかなり現実的な考えに切り替わってきたと、講演会の様子を見ても感じます。
それはやはり、今の国際情勢を受けた結果なのでしょう。日本は地理的に、ロシア、北朝鮮、中国という、核を保有した専制主義国家に囲まれている状況です。専制主義国家では、独裁者の意思一つで核をどうにでもできてしまいます。そういった国々に囲まれ、十分な攻撃力を持っていない日本は、核という観点で見ると世界で最も厳しい状況といえます。
――日本の安全保障のため、私たち国民に何かできることはあるのでしょうか?
河野 安全保障について関心を持ってもらうことです。「昔のままでいい」と考えるのは、一番いけないことだと思っています。先ほどお話しした日米安保条約は、日本の安全に寄与した一方で、日本の国力を弱めた一因でもあります。「アメリカが守ってくれる」という考えのままでは、日本は自立できず、国力も高まりません。
安倍政権時代に安全保障法制ができて集団的自衛権の行使が認められましたが、憲法9条があることから、まだ制限された状態です。憲法9条や自衛隊の在り方を見直し、日米が互いに助け合う対等な同盟関係に変えていくことが、日本の自立心を育て、国力を高めることにつながると思います。
戦後レジームからの脱却を。
論理的考えに基づいた安全保障を伝えたい
――講演会では、どのようなお話をされていらっしゃいますか?
河野 基本的には国際情勢をどう見るか、日本の防衛体制はどうすべきかということについてお話しさせていただきます。リクエストがあれば憲法問題に踏み込んでお話しする場合もあります。年齢性別問わず、全ての方に聞いていただきたいので、講演を行なう場は様々です。先日もある女子大で講演させていただきましたが、若い方々は安全保障に対する関心が非常に高いと感じました。
ーー講演会で一番伝えたいメッセージは何ですか?
河野 一番は、「戦後レジームを脱却しましょう」ということですね。安全保障の話は専門用語などがあって難しくなりがちですが、私はあまり専門用語を使わずにお話しするようにしています。例えば、以前は「非武装で、話し合いで解決することが理想の国だ」という考えが持たれていましたが、今の国際情勢ではその考えは通用しません。その状況で日本だけ非武装にしようということは、常識論としておかしなことです。そうした「論理的に考えればこうなる」という常識論として、安全保障についてお話しさせていただいています。
――最後に、河野さんの夢をお聞かせください。
河野 防衛大学校を含めて46年間自衛隊に所属し、安全保障だけでなく、リーダーシップや部下統率など様々な経験をしてきました。私も今年で69歳になり、今後は私が持っている知識や経験を、いろいろな方々の参考になるよう伝えていきたいと思っています。もっと大きく言えば、日本がさらに発展し、安全保障の必要な役割を自ら果たす国になってもらいたいというのが私の夢です。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。
河野克俊 かわのかつとし
元 自衛隊統合幕僚長
防衛大卒後、海上自衛隊入隊。2019年の退官まで自衛隊46年、統合幕僚長異例の4年半在任。自衛官トップとして、PKO・大規模災害・北朝鮮ミサイル・尖閣など、数々の日本の危機を統合指揮。著書『統合幕僚長 : 我がリーダーの心得』。テレビなどの討論番組やニュース番組などにも多数出演。
プランタイトル
今後の日本の安全保障とその課題
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