安全衛生管理は、企業にとって欠かせません。単に法律で定められているからというだけでなく、従業員・企業・社会全体にとってさまざまな影響をもたらすためです。

この記事では、安全衛生管理が必要な5つの理由や、具体的施策・整えるべき体制について解説します。

安全衛生管理の基本

まずは安全衛生管理とは何か、安全衛生管理者とはどのようなものなのかについて解説していきます。

安全衛生管理とは

安全衛生管理とは、「労働者や関係者が、安全かつ健康に働くことができる環境を、企業が整備するための取り組みやシステム」のことを意味します。

安全衛生管理を推進する目的は、第一に「労働者の生命と健康を守ること」、そして「労働災害を防いで企業の損失を防止すること」です。加えて「安全で快適な職場環境を作り、労働者のモチベーションを高めて生産性を向上させること」も効果として期待できます。

労働災害を起こした場合、企業は従業員やその家族に多大な損失を負わせることとなるほか、社会的な信用も失いかねません。安全衛生管理の徹底は、企業経営の存続に関わる重要な課題でもあります。

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安全衛生管理者とは

安全衛生管理を中心となって進めるのが「安全衛生管理者」です。「安全管理者」や「衛生管理者」とも呼ばれ、労働者の安全と健康を守るための専門知識と経験を備えている人材のことを指します。一定基準を満たした職場では、労働安全衛生法に基づいて、安全衛生の管理者を選任しなければなりません。

労働安全衛生法などの関連法令

安全衛生管理については、労働安全衛生法、安全衛生規則、労働基準法で規定されています。

「労働安全衛生法」では、職場の安全衛生を維持・向上させるために企業が講じるべき措置や、従業員側も自ら安全衛生に配慮しなければならないことなどを定めています。また企業は、「安全衛生委員会の設置」や「安全衛生管理計画の作成」などにより、社内の安全衛生管理体制を整えなければなりません。従業員に対する安全衛生教育の実施も義務付けられています。

「労働安全衛生規則」は主に、企業に求める安全衛生管理体制の詳細や機械・設備の安全基準、衛生基準などを定めています。

「労働基準法」は、従業員の安全と健康を守るための労働時間や休憩時間といった基本的な事項のほか、安全衛生に関する一般的な規定も明示されています。

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職場に安全衛生管理が必要である5つの理由

それでは安全衛生管理は、企業にとって、具体的にはどのような理由で必要なのでしょうか。ここでは5つ紹介します。

理由① 労働災害防止のため

労働災害は、働く人にとって深刻な問題です。なぜなら、業務中の事故によって怪我をしたり、後遺症で働けなくなったりすると、仕事だけでなくその人の生活にも大きな影響が出てしまうからです。最悪の場合、死亡事故につながることもあります。本人だけでなく家族の負担も計り知れません。

また、企業にとっても大きな損害につながりかねません。働く人が安心して働ける健康で安全な職場環境でないと社会的な信頼を損なってしまうためです。

働く人の安全を守ることを第一に、企業の社会的責任を果たすためにも、安全衛生管理の取り組みを怠ってはいけません。

理由② 従業員の心身の健康保持・増進のため

近年、職場に起因するストレスや精神疾患が、社会にとって大きな関心ごととなっています。

例えば2015年には、法律によりストレスチェック制度が義務化されました。従業員50人以上の職場では、定期的に企業が従業員の状態を把握して、早期にメンタルヘルスの不調を予防しなければなりません。

ほかにも、健康診断の実施・ヘルスケアや運動習慣の推進なども、安全衛生管理の施策に含まれます。

理由③ 職業性疾病の予防のため

職業性疾病とは、特定の職業や業務を通じて、高確率で発症する病気や障害のこと(いわゆる職業病)を指します。

具体的には、身体に過度な負担がかかる作業による腰痛や腱鞘炎、化学物質や物質因子による疾病などです。これらは長時間一定の姿勢をすることや繰り返しの同じ動作、有害な物質にさらされることが原因で発症します。

理由④ 生産性アップのため

安全衛生管理は、従業員の安全を守るだけでなく企業の生産性向上にも大きく貢献することが可能です。

労働災害が起こると、負傷した従業員が現場の業務から離脱して生産性が低下します。また同じ業務にあたる他の従業員の間にも動揺や不安が広がり、意欲低下は避けられません。

安全衛生が徹底された職場環境であれば、従業員が安心感を持って働きつづけられます。モチベーションを維持することにもつながり、離職率の低下も防げるでしょう。

理由⑤ 企業価値の維持・向上のため

安全衛生管理を怠って、労災や従業員への健康被害を起こすと、企業価値も一気に低下します。社内の優秀な人材が流出してしまったり、取引先から契約を解消されたりといった事態になりかねません。

安全衛生管理は企業活動の一環として最低限取り組むべき事項ですが、「今まで無事故だったからこのままで大丈夫」「売上向上など直接的な効果につながりにくいので優先度は低めで」と、つい甘くとらえてしまう企業もあります。

労災を起こして信頼を損なって初めて気づくのではなく、あらゆるリスクや最悪の事態も想定して、労働衛生の観点から職場を常に見直しましょう。

安全衛生管理のための具体的施策7選

それでは具体的には、安全衛生管理として企業はどのようなことを行うのでしょうか。具体的施策を7つご紹介します。

1.職場のリスクアセスメント

「リスクアセスメント」とは、職場に潜む危険性や有害性を特定し、労働災害のリスクを下げるための方策を検討することです。労働安全衛生法により、企業にはリスクアセスメントを実施する努力義務が課せられています(一定の業種では努力義務でなく義務)。

具体的には以下の手順で実施します。

  1. 職場の危険性や有害性を特定する
  2. リスクが発生する可能性と被害の大きさを見積もる
  3. リスクを下げるために必要な方策を検討する
  4. 3.を実施してその効果を評価し、定期的に見直しを行う

リスクアセスメントは、安全衛生管理の基本となる重要な活動です。従業員全員が参加して継続的に職場を改善することで、より安全な職場環境を実現できます。

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2.安全衛生教育

「安全衛生教育」は、従業員が安全に働くための知識とスキルを習得して、労働災害に遭わないようにすることを目的とした教育です。

労働安全衛生法をはじめとする関連法令を学んだり、現場でリスクアセスメントを実践したりします。

また、職場で定められた作業方法と手順の順守、緊急時の対応や保護具の正しい使用方法、日頃の健康管理などを学ぶ機会を設けるのも重要です。「教わってないから知らなかった」というリスクを減らし、誰もが安全に働ける体制を組織全体で整えていきます

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3.危険予知訓練の実施

「危険予知訓練(KYT)」とは、職場における事故や災害を未然に防ぐために、従業員全員が主体的に参加して、潜在的な危険を事前に予測し、対策を講じる活動のことです。

まずは現場の作業内容や作業環境、使用する設備や工具などを把握し、考えられる危険を洗い出してリストアップ。それぞれの危険に対し、何が原因で発生するのか検証します。危険を防止するため具体策を立て、必要に応じて改善していきます。

4.職場の環境改善

「職場環境の改善」により、従業員のモチベーションを高め、離職率を低下させる効果も期待できます。

職場の物理的環境・作業環境の改善のほか、従業員への心理的なアプローチも含まれます。

物理的とは、例えば照明や室温の設定・管理などです。作業環境にあたるものには、休憩時間の確保や、機械・設備の定期点検などがあります。心理的な環境改善策としては、従業員間のコミュニケーションの促進などが挙げられます。

5.安全衛生計画策定

「安全衛生計画」とは、職場の安全衛生のために、具体的な数値目標と行動を細かく設定するものです。

手順としては、安全衛生に対する企業の方針を明確にして目標と施策を決め、スケジュールを切って担当者を割り当てます。最後にこれらを計画書の形式に落とし込みます。

計画の作成自体は法律で義務付けられていないため、行政上の指定フォーマットは特にありません。

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6.安全衛生のための体制整備

安全衛生管理体制整備は、職場の規模や業種によって法的な要件が異なります。

例えば従業員が50人以上となる職場の場合、全業種で「衛生管理者」と「産業医」を1名ずつ選任しなければなりません。企業がこうした要件を満たすのに必要な体制を取っていない場合、改善命令と50万円以下の罰金の対象となります。詳細については次の章で詳しく解説します。

7.事故・災害発生時の対処

安全対策を徹底していても、完全に事故や災害を完全に無くすことは困難です。万一の事故や災害に備え、迅速かつ適切に対応できるようにしておかなければなりません。

一例として、事前に「緊急時対応計画」を作成しておきます。事故・災害発生時には速やかに経営層や関係部署、労働基準監督署報告に報告するため、連絡フローや連絡先をまとめておく必要があります。

同時に原因を究明して被害拡大を防止し、再発防止策を検討・実行します。

社内の安全衛生管理に必要な体制と役割

ここでは、安全衛生委員会や統括安全衛生責任者など、安全衛生管理に必要な体制・役割を解説します。それぞれ、どのように違うのでしょうか、見ていきましょう。

安全衛生委員会

「安全衛生委員会」とは、職場における労働災害の防止や現場で働く人の健康増進を目的として、従業員と経営者が共同で参加し、安全衛生に関する事項を審議する機関です。

労働安全衛生法では、一定規模以上の職場に対して、安全衛生委員会の設置を義務付けています。

統括安全衛生責任者

「統括安全衛生責任者」とは、特定の要件を満たす業種の現場で、労災や健康被害を防ぐために現場全体の安全衛生を統括管理する責任者です。

設置対象は、建設業や造船業など「常時50人以上の労働者と関係請負人が混在して作業を行う現場がある業種」です。

主な職務内容は、協議組織の設置・運営、作業者間の連絡調整、現場の巡視やメンバーへの安全衛生教育指導などがあります。

衛生管理者

「衛生管理者」は、従業員の健康管理に携わる国家資格を所有する人物のことです。

労働安全衛生法により、50人以上が働く職場には、衛生管理者の選任が義務付けられています。規模が大きくなれば、それだけ衛生管理者の数も増やす必要があります。

職務内容は、負傷者の応急処置などの初期対応、安全衛生委員会への事故や災害事案報告です。また従業員の健康診断の実施や作業環境の改善提案も含まれます。

安全管理者

「安全管理者」とは、職場の安全全般に関する管理者のことを指します。特定の業種で、なおかつ一定の規模の従業員を擁する職場においては、安全管理者を選任しなければなりません。対象業種は、建設業、運送業、物の加工を含む製造業などです。

主な職務は、危険防止対策や安全対策の実施、事故発生後の再発防止策策定など、職場の安全確保のための活動です。

なお、選任にあたっては、所定の学歴に応じた実務経験と、安全管理者選任時研修の修了が求められます。

安全衛生推進者・衛生推進者

業種によって、企業は「安全衛生推進者」または「衛生推進者」のいずれかを選任しなければなりません。

安全衛生推進者が担当する職務は、安全と健康の両面に関する業務、例えば、安全衛生教育の実施、健康診断の実施などです。

対して衛生推進者は、主に衛生に関する業務を担当し、「安全」に関する業務は含まれません。。具体的には、感染症対策や、食事・睡眠・運動などの生活習慣改善に関する教育などが含まれます。

産業医

「産業医」は、従業員の健康管理を専門的に行う医師です。常時50人以上が在籍する職場では選任の義務が生じます。さらに規模や業種により、専属であるべきかどうかや人数も変化します。

主な業務は、健康診断の実施と結果に基づく指導や、長時間働いている従業員に対する面接指導、ストレスチェックや健康相談への個別対応です。

安全衛生管理に必要な資格や試験

これまで紹介した役割に関して、必要な資格・試験の有無を表形式でまとめました。

職種 主要な試験・資格
安全衛生委員会 不要
統括安全衛生管理者 不要(工場長など事業実施を統括管理する者)
衛生管理者 衛生管理者試験
安全管理者 大学・高専の理科系卒業・安全管理者研修修了および実務経験
安全衛生推進者・衛生推進者 安全衛生推進者養成講習修了
産業医 医師免許、産業医登録

衛生管理者は国家資格で、受験者には学歴別に設けられた実務経験が求められます。

また、より専門的な国家資格として「労働安全コンサルタント・労働衛生コンサルタント」があります。外部の企業に対して安全衛生のアドバイスやコンサルティングが提供できる人材です。

現場に即した安全衛生教育の必要性

職場で安全衛生管理を推進するには、従業員への安全衛生教育も必須です。労働災害や健康被害に至らないために、一人ひとりの意識も高めていかねばなりません。

現場で役立つ知識やスキルは、企業規模や業種、事業内容によっても異なります。企業にとって、それぞれの職場・現場にふさわしい教育機会を提供することが重要です。

システムブレーンでは、安全管理・労働災害防止を専門とする、実績豊富な講師が多く在籍しています。法改正や最新の社会状況に即した安全衛生管理について学べます。

出張講座による講師の派遣サービスも行っています。ぜひお気軽にお問い合わせください。

安全衛生管理は事業継続のための重要な取り組み

安全衛生管理は、企業が単に法律を遵守するためだけでなく、従業員の安全と健康を守りながら、事業を継続させるのに重要な取り組みです。

外部サービスも上手に取り入れながら、従業員が安心して働き続けられる職場を作っていくのが、企業の務めといえるでしょう。

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