労働安全衛生法は、1972年の制定以来、これまでに何度も改正が行われてきました。2025年の4月にも新たな法改正が加わります。
今回の法改正では企業の「安全措置対象」が拡大されます。この改正により、具体的にはどのような影響がもたらされるのでしょうか。
ここでは、労働安全衛生法の基本と法改正の内容、対象の事業者やその影響について、詳しく解説していきます。

労働安全衛生法の基本

まずは労働安全衛生法の基本について説明します。企業が果たすべき役割や近年の法改正のポイントなどを知り、労働安全衛生法に対する理解を深めましょう。

労働安全衛生法とは

労働安全衛生法は、「労働者の安全と健康の確保、作業環境の整備、職場での自己防止や健康障害予防」を目的に、1972年に制定された法律です。

制定された当時は高度成長期の終わり頃で、労働災害が深刻化し、毎年6,000人を超える労災死亡者が発生していました。この問題に対処すべく、労働安全衛生法が制定されました。
労災事故はもちろんのこと、働く人が労働に起因する健康障害を起こさないよう、企業の責任において職場環境を整備する必要があったのです。

安全と健康を守るために企業が果たすべき役割

労働安全衛生法では、企業に対して「職場での労働者の安全・健康を確保して、快適な職場環境を実現するための積極的な取り組み」を義務付けています。取り組みの一例には、安全衛生委員会や産業医といった専門機関・専門家の配置といった体制の整備や、労働者の健康保持のために、定期健康診断の機会を設けることなどが挙げられます。

労働安全法における事業者・労働者の定義

労働安全衛生法における「事業者」は、「事業を行う者で、労働者を使用するものをいう」と定義されています。例えば会社などの法人なら法人そのもの、個人事業主であれば事業主本人が事業者に当たります。

これに対し「労働者」は、「職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義されています。ただし、同居の親族のみを使用する事業の労働者や家事使用人、船員はこの中に含まれません。

近年の法改正のポイント

労働安全衛生法は、1972年に制定されてから何度か重要な改正が行われています。

2014年の改正では、「従業員のメンタルヘルス不調を早期に発見し予防すること」を目的として、定期的なストレスチェックが義務化されました。

また2024年には、化学物質管理者の選任や保護具着用が義務付けられました。これは化学物質を扱う企業の「リスクアセスメント」(現場における有害性・危険性を事前に特定してそのリスクの評価・軽減を行うために行う調査)においても大事なポイントです。

2025年の改正は「安全措置の対象拡大」

労働安全衛生法は、2025年にも大きな改正が加えられ、「安全措置の対象が拡大」されます。改正にはどのような背景があるのでしょうか。

なぜ今、安全措置が拡大されるのか

安全措置が拡大される直接のきっかけとなったのは、2021年5月17日に下された、「建設アスベスト訴訟」の最高裁判決です。作業中にアスベスト(石綿)を吸い込んだことなどによって作業員が受けた健康被害に対し、被害者や家族が国や建材メーカーに賠償を求めた裁判です。

この判決において最高裁は、対象者との雇用関係の詳細に関わらず、「企業は同じ場所で働くすべての人を保護すべき」と判断しました。

改正ポイント①危険箇所立入禁止などの対象範囲拡大

改正ポイントの1つ目は、危険箇所への立入禁止や火器使用禁止などの安全措置の対象が大幅に拡大されることです。
2025年度からは、自社の従業員だけでなく一人親方、他社の労働者、資材搬入業者、警備員、その他作業に関わる全ての人が対象です。この時、契約関係の有無は問われません。

すべての労働者の安全を保護するため、企業は危険箇所への立入禁止、特定の場所での喫煙・火器の使用禁止、悪天候時の作業禁止などを徹底します。さらに、事故発生時には作業場所からの退避にも責任を負って対処しなければなりません。

改正ポイント②一人親方や下請け業者への周知義務化

2つ目の改正ポイントは、「安全に関する情報を、一人親方や下請け業者などの事業主以外の人に対しても周知すること」の義務化です。
これまでの対象範囲は、自社と雇用関係のある労働者のみでした。これが改正ポイント①と同様の範囲まで拡大されます
また、保護具着用の周知も義務付けられ、作業手順の周知も推奨されています。周知方法としては、安全教育の機会、文書の配布、現場での直接説明、定期的なミーティングなどが挙げられます。

重層請負構造の確認・対応に注意

建設業などで見られる「重層請負構造」においても、誰がどのように責任を負うのか、責任の所在を明確化しなければなりません。重層請負構造とは、複数の事業者が一次請けから二次請け、三次請け、といった具合に重層的に工事を受注して、1つの工事を遂行する状態のことです。

重層請負構造では、個々の事業者が請負契約を交わした相手方に対し周知しなければなりません。例えば、一次下請けは二次下請けに対して、二次下請けは三次下請けに対して周知の義務を負う必要があります。

改正前と改正後の比較

改正の前後で、保護対象と安全措置の範囲、事業者の義務を表で比較してみました。

改正前 改正後
【保護対象】 労働者のみ 同じ現場で作業に従事するすべての人(労働者、一人親方・下請け業者・出入り業者など)
【安全措置の範囲】 労働者が対象 全ての作業従事者が対象
【事業者の義務】 従業員の安全確保 全ての作業員の安全確保

労働安全衛生法の主な規定

労働安全衛生法は、さまざまな規定で労働者の安全を保護しています。ここでは、労働安全衛生法の主な規定について解説していきます。

安全衛生管理体制の整備

労働安全衛生法は、労災を防止するために企業に安全衛生管理体制の整備を義務付けています。安全管理者・衛生管理者の選任や安全衛生委員会や衛生委員会の設置がその一例です。

設置基準は職場の業種や従業員の人数によって異なります。法令通りに実施できていない場合、改善命令だけでなく各50万円以下の罰金が課せられます。自社がどの基準に該当するかを正しく認識したうえで、設置を順守しなければなりません。

安全衛生体制を整えることは、従業員が健康的に、かつ安心して働きつづけられるので、生産性向上にも有効です。

労働災害を起こさない環境の整備

労働安全衛生法では、労災を起こさない環境の整備も義務付けています。職場において、すべての人が安全に働くことができるような環境を整備することが重要です。
例えば、危険性のある機械設備を使用する場所には柵・覆いを設けたり、火災・爆発のリスクのあるものを取り扱う際には換気を徹底したりするなどの必要があります。
また、状況に応じた責任者の選任も重要です。「安全衛生推進者」または「衛生推進者」は、職場で危険防止対策や安全衛生教育、健康診断などを担当する職務です。これと別に、危険・有害な作業を行う職場の責任者として作業主任者の配置が必要なケースもあります。

安全大会や講習会など、労働者への安全教育・訓練

企業は現場で働く人に対して、安全衛生に関する教育・訓練を実施しなければなりません。アルバイトやパートタイム契約の人も対象の範囲内です。

例えば、次のような状況や対象者に対する教育機会の提供が法令で定められています。

  • 雇入れ時安全衛生教育
  • 作業内容変更時の安全衛生教育
  • 危険有害業務に対する特別教育
  • 新任職長等に対する安全衛生教育
  • 危険有害業務に従事する人への安全衛生教育

また建設業の多くの企業では、従業員全員の安全意識を高める機会として、定期的に安全大会を実施します。対象者が限定されるものは、講習会を開催するのが効果的です。

労働者の安全と健康を確保するための措置

企業が働く人の安全と健康を確保するための措置についても定められています。
例えば健康診断は提供し、従業員の健康状態を把握しなければなりません。診断結果も加味して、適正な業務へ配置します。業務で特定の化学物質を扱う人には、より詳細な検査の実施も必要です。

また、2014年の法改正により、ストレスチェック制度も導入されました。身体の健康診断と同様、一人ひとりのストレス状況も定期的に確認し、結果に基づいて個別面談を設けるなどの取り組みが義務付けられています。

特定業務に関する特別な規定

労働安全衛生法は、特に危険な機械や有害物質を取り扱う業務についての労災防止の措置も定めています。例えば、ボイラー・クレーンなどの機械を使用する業務に従事する人は、労働局長の許可を受ける必要があります。また、定期的な自主検査、安全装置の設置も企業の義務と明示しています。

労働者に重度の健康障害を生じさせる有害物質は、原則として製造・使用が禁止されています。また、危険物・有害物を取り扱う場合は、その情報を労働者へ周知し、リスクアセスメントを徹底しなければなりません。

労働安全衛生法改正が業界へ与えた影響

労働安全衛生法の改正は、各業界へさまざまな影響を与えます。ここでは、建設業・運送業・製造業の3つに絞って、近年の法改正による狙いと、もたらされた影響について解説していきます。

建設業

建設業では、労災での死亡者数が、2023年に過去50年の間で過去最小となりました。しかし依然として、全産業に占める死亡者の割合が多いのが現状です。また特に、高所からの墜落・転落、機械へのはさまれ・巻き込まれなどの事故が多い傾向があります。
2025年4月の改正は、こうした状況を改善するため、契約関係の有無に関わらず現場で働く全ての人が保護の対象となります

運送業

陸上運送業では、荷物の積み下ろし時に労災事故に遭う事例が多いという特徴があります。こうした背景から、2023年に、労働安全衛生規則(労働安全衛生法に基づいて厚生労働省が詳細な基準を定めた省令)で、貨物自動車への昇降設備の設置・作業時の保護帽着用を義務とする車両が、これまでの最大積載量「5トン以上」から、「2トン以上」へと拡大されました。

製造業

2024年の改正は化学物質の取り扱いに特化した内容で、特に化学や医薬品のほか、食品・機械・電気機械・金属・住宅など、化学物質を取り扱うあらゆるメーカーに影響を与えました。

改正により「化学物質管理者」や「保護具着用管理責任者」の選任が企業に義務付けられました。また、対象企業は取り扱う化学物質のリスクを正しく見積もり、現場で適切な対策を取らなければなりません。対応のために、社内規則の見直しや新たなコストが発生しました。

労働安全衛生法改正対応に役立つSBの講演プラン4選

ここからは、労働安全衛生法の改正に対応したい企業を応援するシステムブレーンの講演プランをご紹介します。自社の安全管理に対する意識改革に、実績と知見の豊富な専門家の講演をおすすめします。


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泉 文美

日本唯一の「講演特化型」東大卒女性社労士

労働安全衛生法改正について知る(仮)

東大卒の人気社労士・泉文美氏が、労働安全衛生法の基本から最新の法改正ポイントまでを徹底解説。関東中部9県で150回以上の講習実績を持ち、受講者満足度92.7%を誇る泉氏が、企業が取るべき実務対応を具体例とともにわかりやすくお伝えします。


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江藤雅章

QMS・PMS審査員 第一種衛生管理者 行政書士

労働安全衛生問題への対応

行政書士・第一種衛生管理者であり、警察幹部として37年の実績を持つ江藤雅章氏が、安全衛生法の最新改正ポイントをはじめ、メンタルヘルス対策や安全配慮義務への対応について、法的視点と豊富な現場経験をもとに具体的に解説します。衛生委員の方々にとって実務に直結する有益な内容です。


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落合一幸

落合労働安全コンサルタント事務所 所長

建設業の安全管理体制(労働安全衛生法より)

労働安全衛生法に基づく建設業の安全管理体制について、豊富な現場経験を持つ落合一幸氏が、個別管理・統括管理の違いや法第100条にかかる重要報告事項を、具体例を交えて分かりやすく解説します。管理層・安全担当者・現場監督者に必須の実務知識を体系的に学べるセミナーです。


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辻 太朗

株式会社辻安全サービスセンター 代表取締役

労働安全衛生法改正について知る(仮)

「労災死亡事故ゼロ」を理念とする辻太朗氏が、安全衛生法の最新改正ポイントを踏まえつつ、保護具メーカーでの知見や現場での安全パトロール・事故再発防止会議の経験をもとに、「安全のホンネとタテマエ」に迫ります。現場が直面する課題に対し、実践的な対応策を提示する安全リーダー必聴の講演です。

労働安全衛生法は、企業が企業活動に関わるすべて人の安全を守るために、重要な法律です。これまでは自社との契約関係に基づく従業員だけが対象だったところが、2025年の法改正では、現場で働くすべての人に対し責任を負うこととなります。
法令の内容を正しく理解し、社内の安全管理に対する意識をより高めていく必要があるでしょう。
当社では労働安全衛生に関するさまざまな研修プランを多数用意しています。お気軽にご相談ください

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