2010年、小惑星「イトカワ」から表面物質(サンプル)採取に成功した探査機「はやぶさ」。開始から15年に及ぶ壮大なプロジェクトが成し遂げた「月以外の天体からのサンプル採取」という世界初の偉業は、大きな話題となりました。その「はやぶさプロジェクト」のプロジェクトマネージャーを務めた川口 淳一郎(かわぐち じゅんいちろう)教授のあるマインドが、人材育成や目標実現の観点から注目を集めています。
そのマインドとは、「やれる理由を探す」ということ。思わず「なるほど」と頷いてしまう学びに溢れた、川口教授の素敵なマインドのお話をご覧ください。
「こうやれば、こうなるはずだ」研究所で培われた自信に溢れたマインド
――まずは川口先生の原点についてお聞かせください。子どもの頃から宇宙に興味があったのですか?
川口 いいえ、宇宙に興味を持ったのは大学時代です。きっかけは、NASAが開発したバイキングという火星探査機が、火星への着陸を成し遂げたことでした。このニュースに影響を受けて宇宙開発に興味を持ち、「宇宙を飛ぶロボットを作りたい」と考えて大学院に進みました。
――もっと幼い頃から興味をもっていらっしゃったのかと思っていました!
川口 大学までに進路を自分で決められている人は少ないと思います。「気付いたらこの道に進んでいた」という人は多いのではないでしょうか。多くの方は大学の終わりがけになってようやく進路を考え出しますよね。私も大学までは、なんとなく選んだ”動く機械”の開発に携わる道を進んでいました。大学院からは東京大学の宇宙航空研究所※に入ったのですが、その研究所がすごく不思議な組織でして…。そこから大きな影響を受けたことは間違いないですね。今の私の原点は、その研究所にあるのかなと思います。
※現在の宇宙科学研究所の前身組織
――”不思議な組織”…。一体どのような組織だったのですか?
川口 ペンシルロケット研究で有名な糸川英夫先生らが創設した研究所に入ったのですが、そこにいる先生方は超変人ばかりでした。何が変だったのかというと、皆、すごく自信に溢れていたのです。それまでそんな自信に溢れた人に出会うことはほとんどなかったので、「日本にこんなところがあるのか」と、とても驚きました。
ただし、彼らは自信過剰なのではありません。すごく単純なことをしているだけなのです。「こうやれば、こうなるはずだ」ということを自信を持って主張できるという点が、彼らが一般的な方々と大きく違っている点でした。そうした先生方の姿勢から、私は「やれる理由を探す」ことの大切さを学びました。「こうやれば、こうなるはずだ」ということだけ信じていけばいいわけですからね。
――「確実にこうなる」と言える方法を選んで進むということでしょうか?
川口 「どれだけ確からしくシナリオにできるか」ですね。例えば椅子を積み重ねて高い踏み台を作ろうとするときに、椅子の脚が何本あればいいか考えるとします。最低3本あれば自立できますが、日本人はよく脚を4本、5本、6本と付け足し、7本目を付ける場所がないとなると「これではダメだ」と諦めて、退却してしまいます。石橋を叩いて点検した挙句、「渡らないのが一番安全」と考えてしまうのですね。
でもその研究所にいた先生方は、「椅子の脚は3本でいい」「しっかりした3本脚の椅子なら、何段でも重ねられるはずだ」と考えるのです。とても単純なことですが、「こうやれば、こうなるはずだ」ということがきちんと言えるのであれば何も怖いことはないですし、だからこそ「やれる理由を探せばどんなことにも挑戦できる」と私は考えています。
――なぜその研究所ではそういったお考えの方ばかりだったのでしょうか?
川口 その研究所では簡単に言えばロケットを作っていたのですが、ロケット自体は特に新しいものではないですよね。ただ、何かの目的を持ってロケットを高い高度まで飛ばしていこうと思うと、何か新しいものを作らなければならないし、何かを成し遂げなければいけないわけです。そうすると技術開発や研究だけでなく、様々な活動が必要となります。
例えばロケット燃料は法律で火薬類に分類されているためダイナマイトと同様の取り扱いが必要ですが、実はロケット燃料はしょぼしょぼと燃えるだけで爆発はしません。爆発しないのにダイナマイトと同じように取り扱わなければならないのは理不尽です。が、法律で決まっているのなら守ろうとするのが普通ですよね。でも彼らは、「そこに規制があるからできない」と考えるのではなく、「規制を見直してもらおう」「規則を見直してもらえるはずだ」と考える集団なのです。実際、そのための燃焼破壊試験まで行いました。
――とても合理的な考え方をされる組織だったのですね。
川口 そうです。自信過剰に見えるのも、「こうやれば、こうなるはずだ」ということに限りなく自信を持って取り組んでいる集団だからと言えます。科学技術だけをやっていても何かが転がってくるわけではないですから、規制がおかしいと声を上げることもしなければいけませんし、プロジェクトを進めるためにはありとあらゆることをやっていかなければなりません。そもそも「はやぶさプロジェクト」も、どこかから持ち込まれた企画ではなく、そうした状況の中で発案されて生まれたものです。
挑戦と無謀は違う。リスクを避け、成果を追求した「はやぶさ」
――「はやぶさプロジェクト」が始まったきっかけはどういったものだったのですか?
川口 “不思議な組織”とお話しした理由の1つでもあるのですが、私たちの研究所は持ち込まれた企画を実施するのではなく、自ら企画を作っていくような組織でした。そういった組織の場合は役所から査定を受け、色々と制限されることもあり、新しいことがなかなかできません。その中で何かをやっていくためには、自分たちのアイデンティティを確立させる必要があります。
日本の宇宙開発は、昔のアメリカやソ連がやってきたことを追いかけて歩いているような状態でした。そんな状況から自分たちのアイデンティティをどう確立していくかを考え、「自分たちが決めたことをやっていこう」という思いで生まれたのが「はやぶさプロジェクト」でした。
――「はやぶさプロジェクト」は成功確率が低かったという話もありますが、やれる理由を探した結果「できる」と考えて取り組まれたのですか?
川口 誰もやったことがないことをしているわけですからリスクは当然あります。でも無謀なことをしようとしたわけではありません。むしろ、かなり安全策を講じています。例えば、「はやぶさ」が1本脚なのもリスク回避の結果です。着陸させるなら最低3本は脚が必要になりますが、“機体を着陸させる”ということ自体がそもそも極めて難しいのです。ですから「はやぶさ」は着陸させるなんて無謀なことは考えず、瞬間芸でやることを済ませて離陸させるような作りになっています。「はやぶさ」では、「ターゲットマーカー」と呼ばれる光を反射する的を最初に小惑星の表面に落としました。人工知能で地形を把握するなどの高等技術を持ち込んだわけではないのです。落とすだけなので高度な技術も必要ありません。あえて難しいことを避け、やれる理由をみつけて「はやぶさ」は作られているのです。
――「必要なことだけを行って、必要な成果を得よう」というシンプルなお考えなのですね。
川口 そうですね。例えば1人の登山家がエベレストにシャツ1枚とズックだけの軽装備で登頂成功したとしたら、拍手喝采を浴びるでしょう。でも、しっかりとした装備とチームで登頂に成功したとしても、登頂した事実は同じです。逆にシャツ1枚の登山者が遭難したら、非難されますよね。つまり、挑戦と無謀は違うということです。「やれる理由を探す」というのは無茶なことをするということではありません。挑戦にはリスクが伴いますが、リスクがある中でもできる可能性の高い方法を探すことが大切なのです。
――「はやぶさ」は燃料漏れなどのトラブルもありましたが、トラブルに見舞われた際はどのようなお気持ちでしたか?
川口 トラブルなどの苦労は確かにありましたが、それを苦しみだとは思いませんでした。やろうとしても携われることではないので、「はやぶさプロジェクト」に携われていること自体が人生の中で非常にすばらしいことですよね。そんなすばらしい機会を簡単に放棄するなんてあり得ません。だからプロジェクトをやり続けることは、自分のためでもあったのです。
――実際起こったトラブルは、想定内のことだったのですか?
川口 想定外でした。もちろん考えられるだけの対策はしていましたが、ロケットや探査機は本番用の1つしか作りませんからね。100万台作って売っているような車ですらリコールがあるのですから、1台しか作らないもので最初からうまく動けと言う方が無理な話です。
――そう考えると、実験機でありながらサンプル採取に成功した「はやぶさ」は本当にすごいですね。
川口 いえいえ、あれは成功とは言えません。「はやぶさ」は結果的に小惑星「イトカワ」のサンプルを採取することができましたが、たくさん失敗しながらも採取できたのは運がよかったからに過ぎません。でも、たくさん失敗するからこそ2回目は甚だしく良くなるものですし、そうしたアプローチを取らなければ前進はないと思っています。「はやぶさ2」を見ればわかります。
成功体験が自信を生む。人材育成の鍵を握るのは組織体制
――挑戦を成功させるために必要なことは何だとお考えですか?
川口 うまく答えるには難しい問いですが、1つはやはり自信を持つことだと思います。自信がなく不安になると、挑戦する意欲が削がれますし、不安を持ったまま取り組んでも良いことはありません。自信を持てない方に大切なのは、自分自身の意識を変える意識改革です。
――なかなか自信を持てない方も多いと思いますが、意識改革に効果的な方法はあるのでしょうか?
川口 自信を持つために効果的なのは、成功体験です。どんな小さなことでも成功すれば、「こうやったからうまくいった」といった経験が自分の中に生まれます。人材育成の場でも、成功体験をさせるというのは重要だと思います。ただ、小さな成功体験でもと言っても、プロジェクトの一部分だけをさせても人は育ちません。私の業界ではよく「“鯛の切り身”にするのではなく“めざし”にしろ」と表現することがあります。つまり、一部分だけを立派にやらせるのではなく、みずぼらしくても全てをやり遂げさせることが重要なのです。たとえ失敗したとしても、最後までやり遂げて少しでも前進することが、ものすごく大きな経験になっていきます。
また、プロジェクトを任せたら、任せ切ることも重要です。手助けが必要になる場面はあったとしても、裁量は任せなければなりません。そのため、そうした経験ができる機会を与えられる組織の体質を作っていくことが、人材育成において重要なポイントになると考えています。
大切なのは「ゴールに向かって何をするか」。不完全を楽しみながら挑戦したい
――講演会ではどのようなお話をされていますか?
川口 科学技術系のお話しよりも、「やれる理由を探す」といったマインドや、人材育成などのビジネス系のお話しをさせていただくことが多いです。
例えば経営者や管理職の方には、先ほどお話ししたような人材育成における環境づくりの大切さに関するお話しをよくしています。私が研究所で大きな影響を受けたように、「ここにいれば、こう考えるようにならざるを得ない」といった環境を作り、残していくことが人材育成においては大切だというのが私の考えです。そのため講演会では、そうした環境作りに重要なポイントなどをお伝えしています。
また若い方には、夢や目標に向かってどう取り組んでいくかというお話をすることが多いです。よくお伝えしているのが、「今置かれている環境の延長線上にゴールがあるかどうかを考えるのではなく、ゴールに向かって何をするかと考えるべきだ」ということです。ゴールから手前に戻っていき、現在と結ぶようなイメージですね。そうしないといつまで経ってもやりたいことに手が付かないですし、多くの人はこれまで歩いてきた道の延長線上の進路を選んでしまいます。よく「宇宙飛行士になるにはどうすればよいか」と聞かれることも多いのですが、そういった特殊な夢や目標であるほど、「ゴールに向かって何をするか」という考え方に変えていかなければならないとお伝えしています。
――最後に、川口先生の夢をお聞かせください。
川口 今までもですが、「新しいことをしよう」というのが、常に私の気持ちの原点です。新しいことと言っても、例えば宇宙関係のビジネスを立ち上げて利益を上げようというようなことではありません。むしろ私の気持ちの底辺にいつもあるのは、「売り物にならないかもしれないけれど、何か新しいことをやってみよう」という思いです。「今見えていないことを探し当てる」ということをしているので、とても難しいことをやっていますが、逆にそこが面白いと思っています。
私は「不完全を楽しむ」ということを時々言います。一番大事にしているものは、実は手書きでぐちゃぐちゃに書いたメモです。何が書いてあるかというと、「これが分からなかった」と書いてあるんです。分からないことがあって、それに触れていられるということが、ある意味で一番楽しいことだと思っているので、これからも宇宙飛行の方法などの新しいことを考えていきたいと思っています。
ーー貴重なお話をありがとうございました。
川口淳一郎 かわぐちじゅんいちろう
オーストラリア国立大学 教授 宇宙航空研究開発機構 名誉教授 元JAXA「はやぶさ」プロジェクトマネージャー
東大院修了後、旧文部省宇宙科学研究所。ハレー彗星探査機「さきがけ」、火星探査機「のぞみ」他のミッション参画後、小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトマネージャーとして前人未踏の独創を実現。少子高齢化日本の喫緊課題は人材育成と継承。「やれる理由を見つけて挑戦!」を熱く説く講演は必聴。
プランタイトル
やれる理由こそが着想を生む
~「はやぶさ」、「はやぶさ2」を完遂させた力~
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