21歳で学習障害の一種であるディスレクシア(読字障害)と診断された南雲明彦(なぐも あきひこ)さん。
幼い頃から学習障害に苦しみ、不登校、引きこもり、うつ病を経験した南雲さんに、悩める子どもたちのためにできることについてお聞きしました。
「読めない」と言えない。居場所を失わないため演じ続けた学生時代
――南雲さんは21歳でLD(学習障害)の1つであるディスレクシアと指摘されたそうですが、具体的にどのような障害なのでしょうか?
南雲 僕の場合は、簡単に言えば「文字を音に切り替えるのが難しい」という障害です。文字自体は認識できますが、それをうまく音に切り替えられないので、音読だけでなく黙読もスムーズにできない時期が続きました。代読してもらえば理解しやすいので、タブレット端末などで読み上げられるようになった今は、日常生活が楽になりました。読み上げてもらえる機会が増えたことで、僕自身も少しずつ読めるようになってきています。
――南雲さんが学生の頃にはまだLD自体があまり知られていませんでしたし、気付かれにくい障害でもあるのでご苦労も多かったのではないですか?
南雲 国語の授業での音読ができなかったり、会話の中で言葉を間違えて使ってしまったりしても、「天然」というキャラクターで問題なく通っていました。あえてふざけたキャラを演じて、うまく読めないということを隠していたのです。本当のことを言えば居場所がなくなってしまうのではないかと思い、「自分はちゃんと読んでいるつもりだ」とは言えませんでした。このような経験をされるディスレクシアの方は多いようです。本心ではないキャラを演じるのは、誰にとっても決して心地よい経験とは言えませんよね。
――周囲の大人も気付きにくい障害も多いと思いますが、子どもにとってうまくできないことを伝えるのは難しいものですよね。
南雲 子どもは自分が何に苦しんでいるのかをうまく表現できません。そのため、あらゆる形でSOSを発しています。僕もいつもニコニコしている子でしたが、そういった子が必ずしも本心からニコニコしているわけではありません。もちろん、笑顔になることはいいことです。大切なのは、心からニコニコできているかどうかなんです。教員や保護者の方など、子どもの周りにいる大人たちは、苦しみをうまく表現できない子どもたちのSOSを見逃さないことが非常に重要なポイントです。逆に子ども自身が大人に分かりやすい形でSOSを出していくことも必要だと思います。この点は講演会でも大きなテーマの1つとしてお話させていただいています。
――子どもたちがSOSを発しやすくなるためには、子どもたち自身が障害について理解を深める機会を設けることも大切そうですね。
南雲 それもすごく大切なポイントだと思います。ただ、単なる例を紹介するだけでは誤解を生んでしまいます。障害は本当にケースバイケースです。事例を知ったからといって、身近にいる学習障害を持つ方に同じように対応しようとすれば間違えてしまいます。ですから小中学生向けの講演会では、人はみな違う部分があるということを特にお話ししています。自分が全く気にしていないことをすごく気にする子もいる。自分が持っているものを必ずしもみんなが持っているわけではない。そういった意識を子どもたちに持ってほしいと思っています。
学業不振から不登校に。真剣に向き合ってくれる人との出会い
――南雲さんは不登校を経験されていらっしゃいますが、どのような背景があったのでしょうか?
南雲 主な理由は学業不振です。授業中にノートを取ることが難しいため友人にコピーさせてもらっていたのですが、受験が近づいたことで友人たちもノートを貸せる余裕がなくなり、コピーできなくなってしまったのです。そこで先生にノートが取れないことを相談したところ、上手な取り方の参考例を貸してくださいました。でも、文字をうまく書けないことが問題なので、教えていただいた方法では書けなかったんです。結局ノートを取ることができないので学業不振となり、精神障害も発症して不登校になってしまいました。当時はうまく方法を見つけられませんでしたが、今だったらタブレット端末で写真を撮るなど、多様な選択肢が見つけられると思います。
――不登校からどのように立ち直られたのですか?
南雲 僕の場合は、尊敬できるカウンセラーの方に出会えたことがきっかけでした。僕の不登校に母も悩んでしまい、徐々に家族全体が暗くなっていたのですが、母が同僚に悩みをこぼしたことをきっかけにそのカウンセラーの方を紹介していただいたのです。それまでにも精神科やカウンセリングを何件か受けていましたが、それまでのカウンセラーたちは「2〜3年経てばなんとかなる。今は休めばいい」と言うばかりでした。僕にとってはすぐに解決したい、人生が終わるくらいに悩んでいることなのに、それを伝えると「大丈夫だよ」と笑われてしまうのです。「大人は自分の悩みに真剣に向き合ってくれない」と感じ、大人への不信感が強くなっていました。そんなときにそのカウンセラーの方に出会ったので、最初の頃は彼女をずっと睨んでしまっていたように思います。でも彼女は僕の喋りたくないという思いを汲んで、本当に何も話すことなく、ただ向き合ってくれました。
――それまでのカウンセラーの方々とは違っていたのですね。
南雲 そうなんです。3回目の面会で彼女がようやくポロッと口にしたのは「東京に来る?」という言葉でした。その方の自宅近くで下宿しないかと言うのです。「下宿して僕は何をするんですか?」と尋ねると、「それはあなたが決めることだよ。私たちが何かをしてくれるなんて思わないで」と言われました。その厳しい言葉に驚きましたが、「あなたは他者とも関わらなければいけない世界で生きていくのだから、自分がなぜ苦しんでいるのかを言葉にできるようになっていこう」「自宅にいれば親は何かしてあげたくなってしまうものだから、互いのために距離を置いたほうがいい」と、東京行きを提案してくれたのです。そして「家に食料がないとか、本当に困ったときに連絡して。助けてだけじゃ分からないから、何が必要か伝えて」と言われました。そうやって、自分が何を求めているのかを言語化していくことの重要性を教えてくれたのです。
居場所を求めて遭遇した危機。安心安全な居場所作りのために必要なこと
――カウンセラーの方の関わりで、特に南雲さんがよかったと思った点はどういったところでしたか?
南雲 その方が本当にすごかったのは、約束を必ず守ってくれたことです。これは教員や保護者向けの講演会でもお伝えしているのですが、子どもに対し、できない約束はしないでほしいのです。僕が大人不信に陥ったのは、約束を守られなかったことも大きな理由でした。「何かあれば相談してね」と言ってくれる大人は多くいましたが、実際相談しようとすると対応してくれませんでした。大人は社交辞令のつもりでも、真に受けて期待してしまう子もいます。対応できないのなら、期待をさせないようにしてほしいのです。
僕はそうした経験から失望し、居場所を求めて夜の街をさまようようになってしまいました。子どもがさまよっていると優しくしてくれる人が結構いるのでついていってしまうのですが、やはり夜の街は危険でした。優しい人だと思って仲良くなったところ、「これ試してみないか?」と覚醒剤を勧められたのです。僕の場合は止めてくれた人がいたため使用しませんでしたが、手を出してしまう子もいると思います。そうならないよう、子どもたちにとって安心安全な居場所が必要です。
――子どもたちが安全な居場所を作れるよう、大人のサポートが必要なのですね。どのようにサポートしていけばよいのでしょうか?
南雲 背景に発達障害があるのであれば障害に対する何かしらの支援は必要ですが、支援されるばかりではつらくなるので、子どもたちの役割も必要だと思っています。支援する側とされる側が対等になることはなかなか難しいですが、子どもたちがパートナーとして一緒にやっていくという意識を持てるようにすることが大切です。
ぼくは不登校によって「何かしてあげなくてはいけない」と思われる存在になってしまっていたことから、「自分は何者なんだろう」という思いをずっと抱えてきました。支援者の方に何かをしてもらうのではなく、自分自身でできることを探し、誰かの力になることが自己肯定感につながると思います。その中で僕が見つけたのが講演会でした。現在は日本各地にある居場所作りをしている民間団体の取材も行っています。そういった居場所を紹介することをきっかけにして、もっと安心安全な場所が増えてくれたらいいと思っています。
――支援者が色々と手助けをしていくだけではなく、支援を受ける側が自己肯定感を持つためにも自立できるようにすることが大切なのですね。
南雲 自分自身で”もがく”からこそ得られる成長があると思います。支援しすぎてしまえば、その成長の芽を摘んでしまいます。失敗するから考えるのです。支援が必要だとすれば、その部分です。支援する大人はその場で助けられればいいと思ってしまいがちですが、支援してきた大人がいなくなったとき、その子たちは急にハシゴを外されてしまいます。見ている方もつらいのですが、厳しさも持って、子どもたちが”安心してもがける場所”を大人が提供することが大切だと思います。
ただ、保護者は厳しさを貫けないことが多いものです。ですから、第三者の立場から子どもたちに「自分でやれるよ」と言ってくれる人が必要だと思っています。教職員でもご近所の方でも、誰でもいいです。家にまっすぐ帰りたくないとき、近所のおばさんの家でちょっと立ち寄って話すような、古き良き時代の子育てに戻る発想も現代の子育てには必要なのではないかと思っています。それが難しいからこそ、居場所作りは必要です。今はインターネットで色々な人と繋がれますが、やはり顔を合わせて安心できる関係を築くことが大切ではないでしょうか。
――地域全体での子育てが望ましいのですね。
南雲 保護者や教職員の方が抱え込んでしまわないでほしいという思いもあります。不登校や発達障害といった悩みは人に言いづらいことではありますが、もっとオープンにしてもいいと思っています。そういった「分かってくれる人は必ずいるから信じていこう」ということは、講演を通して伝えていきたいことの1つですね。保護者の方が頑張りすぎて余裕がなくなってしまうと、それを見ているお子さんもつらくなってしまいます。自分でできないと思ったら人に頼るという判断も大切だと思います。弱さを共有できる人は、強い人です。
最近は同じような経験をした者同士で助け合っていく“ピアサポーター”の育成も広がっていますが、そのように体験をシェアし、学びあい、助けあいながら改善していくこともとても大切だと思います。ただ、サポートは信頼関係がないと揺らぎやすいものです。人間関係において、対応を間違えてしまうことはどうしても起こります。でも信頼関係ができていればきちんと対話が生まれ、そこからさらに強い信頼関係を築いていけるのです。支援し、支援され、感謝しあう。そんなお互い様の関係を築ければ、ピアサポーターとして過ごす時間が人生の中でも大切な時間になってくるのではないかと思います。
子どもからお年寄りまで繋がれる。皆が安心できる居場所を増やしていきたい
――最後に、南雲さんの夢をお聞かせください。
南雲 コロナ禍によって不登校や引きこもりといった、自分がどこで何をすればいいのかが分からず悩んでいる人たちが増えてきたように思います。その中で不登校や引きこもりの方々の居場所を紹介していきたいというのが、今の僕の大きなテーマです。そういった居場所を紹介する本を制作していますが、同じような場所がどんどん増えていくきっかけになるような本にしたいと思っています。
僕は心地いい場所が居場所だと考えていますが、人によって心地いいと感じる場所は異なります。また、「不登校や引きこもりのための」と利用者を定義してしまうと、その中で互いを比べてしまうことが起こりがちです。そのため居場所の大きな土台としては、子どもからお年寄りまでごちゃまぜになって関われるような環境がいいと思っています。自分の弱さを共有して、そこで生まれるつながりを大切にしていく。そんな人たちが増えていくと、結果的に社会が今よりも優しくなっていくのではないかと思っています。そのためには安心できる場所を作っていく必要があるので、不登校や引きこもりに限らず人として大切な部分を見つめ直し、自分ができるものは作り上げていきたいと思っています。
――貴重なお話をありがとうございました!
南雲明彦 なぐもあきひこ
明蓬館(めいほうかん)高等学校 共育コーディネーター
21歳の時にLD(学習障害)の1つであるディスレクシア(読み書き障害)であることがわかる。高校時代より不登校、引きこもり、うつ病など、様々な経験をする。子どもがSOSを出せて、そのSOSを大人が見逃さないために何ができるのか。全国各地で講演をしながら、対話を続けている。
プランタイトル
子どもたちのSOSを見逃さない
~学習障害から考える未来~
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