共働きがスタンダードになってきた現在でも、女性の非正規雇用率の高さや男女の賃金格差など、女性が働く環境をめぐる問題は数多く叫ばれています。
そんな女性が働く上での課題に対して、10年以上前から取り組んでいるNPO法人ArrowArrow代表の海野千尋(うんの ちひろ)さんに、今の女性の労働環境をめぐる課題とその取組みについて伺いました。
“働く”ことへのモヤモヤを取り払ったArrowArrowとの出会い
――海野さんは働く女性のための支援活動をされていらっしゃいますが、どのようなきっかけで活動を始められたのでしょうか?
海野 女性の働き方について考えるようになったきっかけの1つは、それまで働いてきたいくつかの中小企業での経験でした。当時は育児をしながら働いている女性はほとんどおらず、結婚や出産などのライフイベントを理由に辞めたり転職してしまったりする女性を数多く見てきたのです。私自身は当時、ライフイベントよりも仕事に打ち込むことを選択していましたが、ライフイベントを理由に去っていく同僚を何人も見送りました。
――その状況から、なぜ意識が変わられたのですか?
海野 大きな転機となったのは、東日本大震災です。実は東日本大震災の直前に、いわゆる“燃え尽き症候群”になってしまい、会社を辞めていたのです。私の中で“働く”ということがとても大切だったはずが、そのときは「“働く”ってなんだろう?」と考えるようになってしまっていました。そんなときに東日本大震災が起こったのです。
被災地でのボランティアにも参加し、震災によって生死の境にいる方たちを見てきた中で、「自分はどうして生きていくんだろう」ということを考えるようになりました。そこで参加した『生き方デザイン学』という講義を行っていたのが、現在私が代表を務めているNPO法人ArrowArrowでした。
その講義で「日本は社会構造上、女性が働き方を選択したくてもできない状況になっている」という話を聞き、「これはもっと早く聞きたかった」と感じました。選択できずに辞めていった同期や、選択することを諦めて転職していった先輩を知っていたからです。「個人と組織の意識を変えようとしている、この団体の話をもっと聞きたい」と感じ、ArrowArrowにジョインしました。
――ArrowArrowとの出会いで、意欲が湧いてきたのですね。
海野 「“働く”ってなんだろう?」という思いを抱えていたことから、次に働くなら自分の中で一番モヤモヤと感じているものを変えていけて、モチベーションがグンと上がるものに心身を投じたいと考えていました。その意向がArrowArrowのビジョンに重なったのだと思います。実は10年ほど前、創設者が諸事情により活動を続けることが難しくなり、ArrowArrowは一時解散の危機に陥ったことがあるんです。なんとか活動を続けて欲しいと思い、私が代表を引き継ぐ形で現在まで活動を続けてきました。
女性の選択肢の増加は、誰もが働きやすい環境につながる
――現在、日本で女性が働く上で、どのような課題があるとお考えですか?
海野 ジェンダーロール(ジェンダーによる役割分担)といった点は解消してきているように思いますが、女性が働く上での課題がたくさん乱立していて、それらが複雑に絡み合っている状況のように思います。ライフイベントをコントロールすることは非常に難しいものです。そんなコントロールが難しいライフイベントと仕事を並走するために柔軟な働き方が求められていますが、その選択肢はまだまだ少ないと感じています。
ジェンダーギャップ指数という言葉も注目されています(※)が、組織の意思決定の場に女性がなかなか参加できていないことも課題の1つです。男性育休についても法改正に伴って注目されていますが、女性だけでなく男性もライフイベントと並走する働き方を選べないという状況も、女性の働き方に影響していると思います。
また、女性の正規雇用が20代後半〜30代頃をピークにL字のように右肩下がりで減少していく“L字カーブ”も、注目されている課題の1つです。
このように、働く女性の課題は様々な場所に潜んでいると感じています。
※ジェンダーギャップとは男女格差を示す指数。2023年に世界経済フォーラム(WEF)が実施したジェンダーギャップ調査によると、日本は過去最低の世界125位となり話題となった(参考:Global Gender Gap Report 2023)。
――令和5年10月に始まった『年収の壁・支援強化パッケージ』が話題になりましたが、政府による女性の働き方に対する取組みをどのように評価されていますか?
海野 政府の取り組みによって課題が可視化されることが、大きな効果の1つだと思います。今回話題になった“年収の壁”に関しても、政府の取り組みによってこの問題にフォーカスが当たった事が、解決の一歩目になるような気がしています。この取り組みが、事業者側が短時間勤務の女性のキャリアに対する対応を考えるきっかけになるからです。すでに待遇を改善した企業も出てきていますので、今後組織や企業がその問題にどう対応していくのか注目していきたいです。
――キャリア形成など、将来に対し不安を感じている女性も多いと思いますが、女性が安心して働くためにどのようなことが必要だとお考えですか?
海野 事業者側が働く選択肢を用意することが重要になってくると思います。子育てや介護などのライフイベント以外にも、人によってさまざまなケアに関わりながら働く状況がありえます。そのため、状況に合わせて働く流動さを許せる雇用環境が必要です。そしてそれは、女性だけでなくすべての人にとって働きやすい環境作りにつながっていくと思います。
最近は就活の中で「育休を取れますか?」と質問する男子学生がいるそうです。これからは性別に関わらずライフイベントと仕事を両立させていこうと考える世代が入ってくるので、柔軟に働き方を選択できる環境作りが求められてくると思います。
社会の変化を感じながら、働き方の選択肢作りに取り組んでいく
――ArrowArrowではどのような活動をされていますか?
海野 いくつか事業がありますが、1つは働く課題ごとに対する事業です。例えば、育児をしながら働き続けている女性がまだいない組織や、男性育休を導入したい組織やその当事者に対してサポートを行う『産休!Thank you!』という事業があります。そのほかには女性のキャリア形成に関する研修や、会社全体で話し合う働き方会議のような場を作る『社員!Shine!』という対話・ワークショップ型の研修事業も行っています。
もう1つは、女性の再就職支援事業です。様々な自治体と共に、短時間だけ働きたい子育て中の女性と、短時間でもいいので働いてほしいと思っている企業をインターンという形でつなぐ『ママインターン』という仕組みを作りました。
――海野さんが活動を始められて10年以上が経ちましたが、活動当初と比べて女性の働き方や組織のあり方に変化を感じる点はありますか?
海野 まず、出産を機に退職される方の数は減少傾向にあります。これは育児休業法が改善されてきたことに加え、2015年に施行された女性活躍推進法の後押しが大きいと思います。これにより、組織や事業者の方でも女性が働く上での課題について考える機会が生まれたからです。法改正だけでなく、少子高齢化による労働人口の減少も、事業者側の意識が変わってきた要因の1つです。企業の多くが、働く人が少なくなっていることを理解してきたように思います。
また、男性が産休育休を取得するという状況は、10年前では考えられなかった光景です。共働きの方が増えている現在は、組織の中でも短時間で働く人と残業を含めてフラットに働ける人とが混在している状況です。それに対し組織の中で対応を考えているというお話を聞くこともありますし、課題の状況が組織ごとに変わってきているなと実感しています。
――講演会ではどのような方を対象に、どのようなお話をされていらっしゃいますか?
海野 企業や自治体の方からご依頼をいただくことが多いです。先程お話したように組織によって課題が異なるので、ご依頼ニーズに合わせてお話する内容を調整しています。例えば女性の管理職に関して聞きたいというご依頼なら、組織の中で意思決定できる立場まで女性を引き上げていくためにどのようにサポートしていくかというお話をすることもあります。男性育休に関するご依頼なら、男性育休と女性育休の違いをお話させていただくこともあります。女性活躍という言葉の中で、今は様々な課題が起こっている状況です。その課題のどこにフォーカスを当てて女性の活躍を望んでいるのかを考えて、お話させていただきたいと思っています。
――最後に、海野さんの夢をお聞かせください。
海野 私の夢は、これからも働き方の選択肢をもっと作っていくことです。「女性活躍推進」「ダイバーシティ」「インクルージョン」といった言葉が近年多発し、働く場所の中で様々な視点や働き方の選択肢を作っていく必要性が生まれてきていると思います。また、それを通して個人と組織の関係性も少しずつ変わってきているように感じています。個人の働き方の選択肢を作っていくことは、結果的に組織の働き方の選択肢を作ることにつながると、私たちは信じています。講演会を通して、そのような対話の場をたくさん作っていきたいです。
――貴重なお話をありがとうございました!
海野千尋 うんのちひろ
NPO法人ArrowArrow代表
「妊娠・出産・子育てと仕事の両立支援」「男性育休取得推進」「子育て女性と地域企業をつなぐママインターン」など、状況変化に応じた多様な働き方支援の他、自治体との協働事業や企業内D&I推進や両立支援等、組織の実体験に基づいた【一歩先の働き方改革】を提言し、幅広い支援活動を実践中。
プランタイトル
社員!Shine!
-働く社員個人と組織の多様さを理解する-
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