徳島県名西郡神山町の小さな町に2023年4月、起業家精神を学べる神山まるごと高専(私立・全寮制)が開校しました。教育方針や学費無償化、社会との積極的な関わりなど大きな注目を集めています。

今回は、教育分野でキャリアを積み、起業や学校設立を実現してきた神山まるごと高専の事務局長、松坂孝紀さんに、教育機関のあり方や、予測が難しい時代を生き抜くために必要な力などについてお話を伺いました。

自身の信念と人との出会いが契機となったキャリア

――はじめに、松坂さんのこれまでのキャリアを教えてください。

松坂 大学は教育学部を卒業後、「社会を変えていくためには教育が重要だ」という信念のもとでキャリアを積んできました。最初はビジネスリーダーの育成が社会を変えるカギになると考え、社会人向けのビジネススクールの運営に携わりました。そこで、企業内の人材育成や組織開発の必要性を感じるようになり、人事コンサルティング会社を起業し、経営者の思いに呼応する組織づくりを目指して活動してきました。

一方で、社会を変えようと思うと、学校の存在を無視できないと感じるようになりました。そんな時に縁あって神山まるごと高専の立ち上げに参画することになりました。

――高専の立ち上げへの参加は、どのようなご縁がきっかけだったのでしょうか。

松坂 10年以上の付き合いがあるクリエイティブディレクターが立ち上げメンバーの一人だったことがきっかけでした。話を聞けば聞くほど、非常に面白いプロジェクトだと思う一方で、致命的に足りないものがあると感じたんです。それは現地でその組織をオーガナイズする人の存在でした

当時、東京を拠点にしていた起業家たちが中心となってプロジェクトを進めていました。学校経営には、経営能力も一定程度問われますし、文部科学省をはじめとした行政対応も必要です。そして、地元の住民の方や、連携企業、学生やその保護者の方といったステークホルダーが多く、難しい仕事だと思いました。一方で、自分ならできるのではないかと考え、移住して参加することにしました。

――移住を伴うご決断は大きな挑戦だったと思いますが、一歩を踏み出す力になったものは何だったのでしょうか。

松坂  東京など都市部には人も物もたくさんありますが、地方にはそれがありません。一方で地方に行くほど、明確なニーズがあると感じていました。ニーズに応えることで新しいものを生み出せる土壌が地方にあるという可能性を感じて、地方で新しい教育の形を作っていくことができるのではないかという思いが、この選択をした大きなポイントだと思います。

――人との出会いが転機に繋がっているんですね。

松坂 そうですね。自分の中で教育に対する思いを貫いてきたからこそ、こうした縁があったと思うんです。そういう意味では、出会いは自分の生き方そのものが問われることなんじゃないかなって思っています。前向きに生きていく仲間は、自分が前向きに生きていくからこそ横に並べるのであって、若い頃に必死に前を向いて生きてきたことで得られた仲間がいると思っています。

学生の応援者に 神山まるごと高専が大切にするスタンス


▲神山まるごと高専の学校紹介動画

――神山まるごと高専では学費が無償化されるなど、多くの企業の協力があったと伺っています。期待も大きかったのではないでしょうか。

松坂 そうですね。神山まるごと高専には奨学金制度があり、企業1社あたり10億単位の出資や寄付をいただいていて、それを運用する形で学費を無償化しています。

ある経営者の方から「神山まるごと高専さん、日本の教育をよろしくお願いします」と言われたことがありました。私たちにとって非常に印象的な言葉でした。日本のために、社会のために、未来の子どもたちのためにという思いでご賛同いただき、期待を託していただける方がこんなにいるんだということで、非常に身の引き締まる思いでした。

――実際に学校を開設され、学生さんが学んでいる様子をどのようにご覧になっていますか。

松坂 学生たちが伸びやかに成長していく姿を見ると、このためにこれまでやってきたんだと感じます。それに、そのエネルギーは私たちの予想を超えていますね。
印象的だったのは開校して3週間経った頃、ある学生たちが「プログラミングの授業が良かったから、地元の小中学生向けに体験会を開きたい」と提案してきたことです。2週間後に30人集めたいと言ってきました。
高専がある神山町は小さな町で、小中学生は約150人しかいません。つまり町内の全小中学生の2割を集めたいと言っているわけです。「さすがに難しいのでは」と思ったのですが、その言葉をぐっと飲み込んで、開催するためにどうしたらよいか一つひとつ考えていきました。

ターゲットが小学1年生から中学3年生というのは広すぎるのではという議論が出たんです。アルファベットが分かる小学4年生から中学3年生に絞ると、ターゲットが3分の2に減ってしまう、一方で小学1年生からにして低学年の子には個別にメンターをつけたりレベル別の講義形式にしたりすると準備の難易度が上がります。

学生たちは一晩考えて、小学1年生からにすることを決めました。そして「この企画は1人でも多くの小中学生にプログラミングの楽しさを知ってほしいという思いから始まったので、目的に立ち返るべきだと思った」と言ってきたんです。
2週間後、30人満員御礼で実施することができました。こうした学生発の挑戦の中に多くの学びがあり、こういう経験が成長に繋がっていくんだと感じました。

生徒が主体となった進めたプログラミング教室の様子(画像:松坂さん提供)

――神山まるごと高専が大切にされている教育方針を教えてください。

松坂  一つは学生とのコミュニケーションとして指導ではなく「応援」という形を大切にしています。本人主体で進めていくことが重要だと考えています。

「支援」という言葉もありますが、これは教育機関、教育に関わる人たちの“性(さが)”みたいなところで、いろんなものを知ってるが故に、先回りして、失敗しない方法を伝えてしまいがちです。しかし、先回りすることで多くの機会を奪っていることもあるのではないかと思うこともしばしばです。

なので私たちは指導でも支援でもなく「応援」、つまり学生たちのやりたいことを真正面から受け止め、考えを尊重しながら応えていくことを大切にしています。これをやるためには、学生の思いや考え、そして失敗したとしても、必ずそこから何かを学び、次のチャレンジに向かっていくはずだと信じることが必要です。
社会では失敗は付きものです。失敗を学びに変え、次に繋げることを意識しながら、応援という形を全校的に意識してやっています

――地域への波及効果も大きいのではないでしょうか。

松坂 そうですね、まずは神山町の人口が増えるという奇跡のようなことが起こっています。開校2年目なので学生約80人、教職員も含めると約120人が暮らしています。5年後には人口の約5%が本校の関係者になる規模感で、これは地域に活力をもたらしていると思っています。地域の方々も、“推し学生”がいるほど応援してくれています。

経済的な面でも、 学校ができたことによって神山町を訪れる人が多くなり、宿泊施設や商店も増えてきています。
また、当校に関わっていただいてる富士通さんが神山町と協定を結び、地域交通の不便さを改善するためのプロジェクトが始まっています。実は学生も参加しデータ分析などを行っていて、いろんな形で地域に影響を及ぼしていくのではと期待しています。

社会とともに変わり続ける、変化を生み出す教育機関へ

――変化が激しい時代に、どのような力が必要だと思われますか?

松坂 一つは「物事を形にする力」だと思います。それがまさに神山まるごと高専が大切にしている「テクノロジー、デザイン、起業家精神」だと思っています。モノを作って、魅力的なデザインで世の中に出していく。そういった起業家精神が大切だと考えています。
また起業家精神の一つでもある「まずやってみる」ということも必要だと思います。ベータ版、つまり完成前の試作品を世に出し、意見をもとに改善していくことがIT業界などで行われていますが、学校の中では「β(ベータ)メンタリティ」という言葉を大切にしています。

何かをやろうと思った時、応援してくれる存在は大きな力になると思います。応援してくれる理由は、ほとんどの場合「あなただから」なんです。「あなたがやるなら応援するよ」という仲間を増やせるように、繋がりを大切にしながら人生を歩んでほしいと思っています。

▲授業風景: 自分の考えをしっかりと述べる生徒たち(画像:松坂さん提供)

▲授業風景:ものづくりの原点はここから(画像:松坂さん提供)

――神山まるごと高専が目指すものは何でしょうか。

松坂 私たち自身も変わり続けていく学校でありたいと思っています。社会は常に進化していて、そのスピードも速い、安定が求められる学校と進化し続ける社会の間の乖離が大きいと感じるんです。私たちは社会と共に変わり続けていく学校を作りたい、願わくば社会の変化を生み出せる学校になったら最高だなと思っています

学校と社会の垣根を越えて 教育の重要性を発信へ

松坂 私たちの取り組みは「こんなカタチもありなんだ」という可能性を広げる活動なんだと思います。神山まるごと高専だからできたのではというお声をいただくこともありますが、私たちも文科省の認可を得て開校していて、既存のルールの中でもがき、もっと良いことができるのではと一生懸命考えてきた結果が、いまの姿だと思うんです。教育現場では様々なジレンマがたくさんあると思いますが、諦めずにこんな風に抗っている存在がいるんだということを知っていただき、何かパワーを得ていただけたら嬉しく思います。

あとは社会にとって教育は何よりも大事だということも伝えたいです。学校を運営していて思うのが、社会の人たちに協力してほしいことが山ほどあるということです。でも学校から社会の壁があり、一方で、学校は少し敷居が高い印象があり、社会から学校の壁もあると思います。

学校と社会の距離を縮めていけるように、学校も社会もお互いを求めているということを伝えていけたらと思ってます。

▲講演会に登壇する松坂さん(画像:松坂さん提供)

▲講演では神山まるごと高等専門学校の魅力を伝えている(画像:松坂さん提供)

――学校や社会、地域の垣根越えて相乗効果を生み出すような交流が増えていくといいなとお話を聞いていて感じました。では最後に、松坂さんの今後の展望をお聞かせください。

松坂 私は日本の学校教育にもっと多様な選択肢が増え、全ての子どもたちが自分に合う教育を選べる社会が実現できたらと思ってやってます。

いま私たちは神山まるごと高専という、一つの新しい学校の形を作っていますが、これが全ての人たちに合うとは思っていません。私たちは「こんな学校のカタチもあるのではないか」という一つのケースを作っているつもりです。
教育は社会全体で進めていくものだと信じています。いろんな人たちと力を合わせながら、未来の子どもたちにとって良い社会を作っていけるような、そんなサポートができたらと思っています。

――貴重なお話をありがとうございました。

松坂孝紀 まつざかたかき

神山まるごと高等専門学校 事務局長

東大教育学部卒。人材教育会社を経て、人事コンサル会社を起業。企業・地方自治体の人材・組織づくりなど国際学会でも取り上げられるコンサル事例多数。21年[神山まるごと高専]立ち上げに参画、「地方から新しい教育をつくる」に邁進中。グッドデザイン金賞受賞。コンサル経験に基づく研修も定評がある。

講師ジャンル
ビジネス教養 地域活性 経営哲学
社会啓発 教育・青少年育成

プランタイトル

神山まるごと高専が挑む、未来の起業家育成
~テクノロジー×デザイン×起業家精神を15歳から学び、社会を動かす人を育てる~

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