退職理由の上位に人間関係への不満が挙げられるなど、職場での人間関係は日々の生活や将来にも関わる重要なものです。

今回は防衛省や内閣府などの官公庁や企業を対象に、これまで6万人以上にメンタルヘルスやコミュニケーションの研修を行ってきた一般社団法人日本メンタルアップ支援機構代表理事の大野萌子(おおの もえこ)さんに、コミュニケーションやメンタルケアの重要性について教えていただきました。
※参照:リクナビNext

人間関係への疲弊からメンタルヘルスの道へ

――メンタルヘルス関連のお仕事をはじめたきっかけを教えてください。

大野 最初のきっかけは、人間関係に疲弊してしまったことです。この業界に入る前の私は人見知りで自己主張をするのも苦手で、人と関わることに疲れてしまっていました。そんな自分を少しでも変えたくて学び始めたのが心理学でした。

心理学を学ぶほどに、なんだか自由になれたような気がしました。「物事の捉え方はひとつではなく、人によって感じ方も様々である」ということを学んだことで、自分自身を俯瞰して見られるようになり、自分の中のこだわりに捉われないようになったんです。

ちょうどその頃、職場でのメンタルヘルスが注目されるようになっていたことから、「自分の学んできたことが人の役に立つかもしれない」と思い、資格を取得して産業カウンセラーとして働くようになりました。

――そこからどのように一般社団法人日本メンタルアップ支援機構の設立に至ったのですか?

大野 働きはじめた当初は産業カウンセリングがまだ一般的ではない時代だったので、個人のカウンセリング依頼はとても少ない状況でした。そのため研修としての依頼をいただくことが多く、そこから講師としての活動が広がっていきました。

法人化したのは、講師やカウンセラーとしての活動を広げる目的と、幅広い方にメンタルヘルスの知識を身につけていただく目的からです。そのために、「メンタルアップマネージャ」という資格と資格取得講座を作りました。メンタルアップマネージャ資格とは、セルフマネジメントや組織のマネジメントの知識を1日の講座で身につけることができる資格です。

実はこの講座を作った背景には、ただ資格を取得していただくだけではなく、「カウンセリング関連資格を持つ方が講師として活躍できる場を作りたい」という思いもありました。私自身が就業当初活動の場の少なさに苦労したことから、弊社ではカウンセリング関連資格を持つ方の育成支援も大切にしているのです。

ーー大野さんは『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)がベストセラーとなるなど、コミュニケーションをテーマとした著書を多く出版されていますね。なぜこのテーマで本を出版しようと考えたのですか?

▲ベストセラーとなった大野さんの著書『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言い換え図鑑』(サンマーク出版)

大野 私はこれまでメンタルに不調をきたしている多くの方と関わってきましたが、そのほとんどが人間関係からメンタル不調を起こしていたのです。そのため、コミュニケーションがうまくいけばメンタル不調も改善されるのではないかと考えました。

そこで10年ほど前からメンタルヘルスの研修にコミュニケーション研修を入れるようにしたところ、メンタル不調者が減少していったのです。このことから不適切なコミュニケーションがハラスメントや人間関係のトラブルを引き起こし、メンタル不調の原因になっているのだと実感しました。

コミュニケーション力を上げることがメンタル不調の予防や改善に繋がることを広く知っていただきたいという思いから、本を出版するようになりました。

コミュニケーション不足が生むトラブルとその原因

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――コミュニケーションが円滑でないと、組織ではどのような弊害が起こるのでしょうか?

大野 コミュニケーションが円滑ではないというのは、行き違いが起こったり相手を理解しにくかったりという状況です。そのような状況では相手に嫌われていると感じてしまったり、些細な一言にも深読みをして疑心暗鬼になってしまったりといった誤解が生じやすく、ハラスメント問題に発展してしまうこともあります

誤解やハラスメントにつながるだけでなく、業務上のトラブルが発生しやすくなるのも大きな問題です。例えば上司に苦手意識を持っている部下が業務上の小さな問題を相談できず大きな問題に発展してしまったり、取引先との認識の違いで揉めたりと、コミュニケーション不足が遅延やミスなど様々な業務上のトラブルにつながってしまうのです。

――コミュニケーションがうまくいかなくなる原因はどのようなことが考えられるのでしょうか。

大野 日本は“察する”文化のため、多くは語らない・言葉にしないということが原因の1つです。ハラスメントの相談を受けていると「そんなつもりじゃなかった」「察してほしい」という声が多く聞かれますが、“言葉にしなくても察してくれる”と思い込んでしまう日本の風土が、コミュニケーションを阻害する原因になっていると思います。

また、自分がどうしたいか・相手に何を求めているのかが曖昧になってしまうことも原因の1つです。たとえば食事先を決める際に「なんでもいいよ」と言っておいて、相手がラーメン屋を提案したら「ラーメンはちょっと…」と言って揉めるようなことはよくありますよね。

これは相手任せになっていたり自分の意思が曖昧になっていたりすることで、適当な言い方をしてしまいトラブルになってしまっているのです。たとえば「麺類以外ならいい」というように、自分の求めていることを明確にして伝えればトラブルにならないのですが、自分の意思が明確でない・分からないという方が多いように感じます。

コミュニケーション能力が高い人=うまく喋れる人と思われがちですが、実は “自分が何を伝えたいか”という自己理解がまず大切なのです。

――相手に察して行動してもらうのを待つのではなく、自分の意思を明確にして示していくことが大切ですね。

大野 そうですね。“察する”というのは疲れますし、察した内容が間違ってしまうこともあります。だから私はよく研修や講演会で「サプライズはナシ」とお伝えしています。

チョコ好きな相手にチョコを贈ったとしても、相手がダイエット中だったら喜んでもらえません。同僚のためにコピーを取っておいてあげたつもりが、コピーが必要な書類ではなかった、なんてことも日常でよくありますよね。基本的にサプライズはせず、相手に確認してから行動するようにしましょう

――自らの意見を伝えていくというのは、 “自己中”と思われてしまいそうな気もしますが…。

大野 自己主張と自己中やわがままはまったくの別物です。自分の意見を言うことはわがままだと捉えてしまう方もいらっしゃいますが、相手に強制せず、相手の意見も聞いて擦り合わせていくコミュニケーションができれば、まったく問題ないと思います。

すごく迷った末に提案してみたらあっさりと受け入れてもらえた、なんて経験はありませんか? まずは言ってみることが大切だと思います。言いづらいことをはっきり言うのは難しいかもしれませんが、言うのも慣れです。踏み込みすぎかもしれないと気にしていてはうまくいきません。

不安は雪だるま式に膨らんでいきます。言葉にするのが重くなるほど膨らませてしまっては言いづらくなってしまうので、違和感を感じたときに伝えることを習慣付けていくといいでしょう。

コミュニケーションにも影響するセルフメンタルケアの重要性

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――他者とのコミュニケーションには自身のメンタル状況も影響しそうですね。

大野 大いに影響します。自分に余裕がなければ、他人のことまで気にかけられないですからね。

企業の研修では管理職の方が部下のメンタルケアを行う、いわゆる“ラインケア”の研修依頼も多くいただくのですが、ケアを行う管理職の方のメンタル状況が悪ければラインケアはできません。そのため私は、マネジメントを行う管理職の方ほどメンタルケアやセルフケアが必要だと感じています。

――メンタルを安定した状態に保つコツはあるのでしょうか?

大野 メンタルケアの方法は非常にたくさんありますが、おすすめを挙げるなら“強制リセット”です。心理学用語で“強化”と言うのですが、人は忘れようとすればするほど、そのことに固執してしまう性質があります。

心の余裕を箱に例えるなら、1つのことに固執してしまっていくということは、箱の容量がどんどん埋まって余裕がなくなっていくということです。余裕がなければ他のことまで手が回らなくなりますし、本来楽しいことすら楽しめなくなってしまいます。そこで、心の中で大きくなっていることを強制的に忘れるために、考えない時間を作る“強制リセットが必要になるのです。

“強制リセット”は、何かに集中することで行えます。たとえばゲームをしてるときは、ゲームをクリアすることに集中して何も考えていませんよね。悩み事を完全に忘れることはできなくとも、悩み事を忘れる時間を作ることで心の中に緩急が生まれることが、心の健康を保つ上でとても大切なのです。

ゲーム以外にも、推しの映像を見たり、塗り絵やDIYをしたり、スポーツ観戦をしたり、方法は様々です。体を動かすのが好きな人なら運動もおすすめです。あまり長時間やると集中が保たなくなってしまいますが、一定期間盛り上がれることや没頭できることを見つけるといいと思います。

――趣味を持つことがメンタルケアにとって重要そうですね。

大野 そうですね。ただ、観劇や旅行などの実行するまでに時間がかかる趣味だけでは日常的に強制リセットをすることができないので、すぐにできる趣味を複数持っておくことをおすすめします。

また、香りも気分転換に有効です。あまり強い香りはスメルハラスメントにつながるため注意が必要ですが、好きな香りは心を落ち着かせたり気分転換させてくれたりするので、シャンプーや入浴剤などにお気に入りの香りを取り入れるのもいいでしょう。ペットや食べ物の匂いでも効果があります。特にコーヒーは鎮静作用のある香りなのでおすすめです。

コミュニケーション能力向上と居場所作りで楽しく働ける環境に

▲講演会での大野さん。大野さんの講演会では、人間関係を良好にし、楽しく生きる・働くためのヒントとなる話を聞くことができる

――講演会ではどのようなお話をされていらっしゃいますか?

大野 企業での講演会がメインですが、自治体で開催される市民講座などで講演させていただくこともあります。基本的にはメンタルヘルスケアのお話をさせていただいていますが、その中でも特に心の風邪予防のようなセルフケアの方法や、ハラスメント対策を含むコミュニケーションに関するお話をさせていただくことが多いです。また、エンゲージメントやモチベーションアップといった社員のやる気を引き出すマネジメントに関するお話をすることも増えています。

先ほどお話ししたようにコミュニケーションには自己理解が大切ですが、自分と向き合うにはエネルギーが必要になるため、ひとりではなかなかできないかもしれません。カウンセリングもハードルが高いので、自己理解のための様々な方法を研修や講演会でお伝えさせていただいています。

――最後に、大野さんの夢をお聞かせください。

大野 私はこれまでコミュニケーションの向上に役立つ研修を行なってきた中で、身近な人間関係が変わると全てがいい方向に転換していくことを目の当たりにしてきました。その経験から、自分にゆとりができることで周りへの配慮や気遣いが生まれてくると感じています。

また、組織の中で精神的・身体的な自分の居場所を作ることの大切さも感じてきました。自分の居場所があることで、安心して自分の能力を発揮できると思います。

仕事は人生の中で大きな位置を占めるものです。働くことが楽しく、幸せで、充実したものであってほしいと願っていますし、そのお手伝いをしていきたいと思っています。

――本日は貴重なお話をありがとうございました!

大野萌子 おおのもえこ

一般社団法人日本メンタルアップ支援機構 代表理事 公認心理師

防衛省をはじめとする官公庁や大手企業、大学などで講演・研修を実施し、組織内のコミュニケーションを円滑にし、モチベーションアップにつなげ、人材育成、離職率低下、クレーム軽減に効果を上げている。ハラスメント対策、健康経営の一環として役立つ研修として定評がある。

講師ジャンル
ビジネス教養 メンタルヘルス
ソフトスキル コミュニケーション
実務知識 人材・組織マネジメント

プランタイトル

「とっさの一言」で失敗しない!
ハラスメントにならない言いかえ術

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