ここ50年近くで百歳以上の高齢者の数は年々増加しており、2007に日本で生まれた子どもの半分は100歳以上生きるとした海外の研究報告もあります。迫りくる「超長寿化社会」に対応するため、国は2017年に「人生100年時代構想会議」を設置し、国民の一生涯を通した支援システムを模索しています。
その一方で、寝たきり率や介護・医療負担の増加、老々介護、8050問題など様々な問題が浮上し、これから老後を考えなければならない世代は、老後も健康で生きていくことが求められています。
人生100年時代を健やかに生きていくためには何をすべきなのか、東大医学部教員を務め現在は聖隷クリストファー大学教授である理学博士の安田智洋氏に解説していただきました。現在の生活習慣を見直し、寝たきりにならないための体操もご紹介します。
【監修・取材先】
安田智洋氏
大学教授 理学博士
元 東京大学医学部 特任講師
日本は超長寿化社会へ
百歳以上の高齢者の数は、老人福祉法が制定された1967年には全国で153人でした。しかし、その後は増加の一途を辿り、1981年には千人を、1998年には1万人を超えました。さらに2012年には5万人を超え、2021年には86,510人(前年比+6,060人)を記録するなど、ここ50年ほどで565倍にも急増しました。また、2021年に記録された百歳以上の高齢者のうち女性は76,450人であり、全体の約88%を占めることもわかっています(参考: 厚生労働省 プレスリリース資料 )。
他にも、2007年に日本で生まれた子供の半数が107歳より長く生きると推定した海外の研究報告もあり、日本では今後も百歳以上の高齢者が増え続けていくと予想されています(参考:厚生労働省「人生100年時代に向けて」」 )。日本は今、「人生100年時代」と呼ばれる超長寿化社会に突入しているのです。
急増する国民医療費、要介護認定者…浮き彫りになった様々な問題
高齢化とともに、国民一人当たりの年間医療費も年々増加しています。実際に、1954年には2,400円だったものが、2019年には35万1,800円にまで増加しており、若干の増減を繰り返しながらも増加傾向にあります。また、その中でも65歳未満の人口一人当たり国民医療費の平均が19万1,900円なのに対し、65歳以上の平均は75万4,200円と、高齢者の医療費が非常に高くなっていることが問題視されています(参考:令和元(2019)年度 国民医療費の概況)。
高齢者の医療費が高くなる理由の一つに、要介護(要支援)認定者が多いことも挙げられます。実際に、厚生労働省
の「令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)」によれば、要介護(要支援)の認定者数は、2020年に682万人となっており、2000年から2020年までの20年間で約2.66倍と急激に増加していることがわかります。
また、要介護(要支援)認定を受けた人のうち、重度である要介護4、5の割合は直近の5年間でそれほど増加していないものの、要支援1、2や要介護1など、比較的軽度の認定者数が大きく増加していることがわかっています。これに伴って介護保健の総費用は年々増えており、65歳以上が支払う保険料も増加の一途を辿っています。
介護にはその他にも以下のような問題があります。
- 老老介護…65歳以上の高齢者が65歳以上の高齢者を介護している状況のこと。
- 認認介護…介護をする側と受ける側、どちらも認知症を発症してしまっている状況のこと。
- 8050問題…80代の親が50代の引きこもっている子どもを支えている状況のこと。
老老介護は高齢夫婦間での介護、高齢の兄弟間での介護のほか、高齢になった子どもがさらに高齢の親や身内の介護をしていることを指します。実際に2019年の「国民生活基礎調査」によれば、要介護者と同居の主な介護者との組合せは、65歳以上同士で59.7%、さらに75歳以上同士で33.1%となっており、増加傾向にあります。
認認介護は介護を受ける側の方が重く、介護をする側の方が軽い症状なのが一般的ですが、介護をする側も認知症を発症している以上、悪化してしまうリスクもつきまといます。そもそも介護が成り立たなくなるだけでなく、認知症による易怒性や判断能力の低下により、介護殺人や介護心中といった悲惨な事件に発展することも考えられるのです。
8050問題は子どもが中高年になっても何らかの理由で引きこもっているもので、親が支えられている間は生活が成り立っていても、高齢になった親が要介護状態になったとき共倒れになることが指摘されています。さらに、子どもが中高年になっても引きこもりであることを周囲に打ち明けられず、社会的に孤立してしまう家庭も少なくありません。
重要なのは平均寿命より健康寿命
健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことを指します。これに対し、平均寿命は生まれてから死ぬまでの年齢のことを指し、一般的に寿命と言えば平均寿命のことを指していました。しかし、近年では平均寿命と健康寿命の差である「介護・寝たきりの期間」が長くなっていることが問題視されるようになっています。介護や寝たきりの期間が長くなればなるほど、医療費や介護費が増えるためです。
厚生労働省「健康寿命の令和元年値について」によれば、近年の日本人の平均寿命と健康寿命、またその差を男女別に表すと以下のようになります。
このように、徐々に平均寿命と健康寿命の差は縮まってきているものの、まだまだ差は歴然としている状態です。特に、女性では健康寿命を終えた後10年以上も要介護または寝たきりの状態が続いていると考えられ、平均寿命よりも健康寿命を延ばす取り組みを行うことが非常に重要と言えます。
健康寿命をのばすためにすべきこと
では、要介護や寝たきりにならず、日常生活に制限がない健康寿命をのばすためには、どのようなことをすればよいのでしょうか。そもそも要介護や寝たきりの状態になるのは、何らかの不調を発症するためであり、その多くが糖尿病や高血圧、脳卒中などの生活習慣病だとされています。
そこで、生活習慣病を予防することで健康寿命を延ばすのが一つの考え方です。そのためには、適度な睡眠と運動、バランスのとれた食生活を送ることが何よりも重要です。これは健康状態の悪化を防ぐため、病気になる前の段階で行う「一次予防」と同様の考え方であり、生活の基本となる食・運動・睡眠の三本柱をしっかり整えることで、健康増進をはかるというものです。
一次予防の三大テーマ
前章で、一次予防が重要なことをお話ししました。一次予防のためには、フレイルやロコモティブシンドローム、サルコペニアの3つを防ぐ、またはこの状態になったとき、しかるべき対処を行うことも重要です。
- フレイル…高齢による衰弱。加齢に伴い、身体機能や予備能力が低下した状態。
- ロコモティブシンドローム…運動器の障害のため、移動機能が低下を来した状態。
- サルコペニア…加齢や疾患で筋肉量が減少し、全身の筋力低下や身体機能の低下が生じる状態。
これらの状態は健康と要介護の間に位置する状態であり、正しい対処を行うことで健康な状態に戻したり、健康を維持したりすることが可能です。次章から特に、サルコペニアのチェック方法と対策のための運動を解説します。
あなたも隠れサルコペニア?簡単なチェック方法
サルコペニアかどうかのチェックには、以下のチェック表が用いられます。1~5までの質問の該当する項目の点数を全て足してください。
0点 | 1点 | 2点 | |
---|---|---|---|
1. 4.5kgの荷物の持ち運び | 全く困難でない | いくらか困難である | 非常に困難、またはできない |
2. 部屋の端から端までの歩行移動 | 全く困難でない | いくらか困難である | 非常に困難、またはできない |
3. 椅子やベッドからの立ち上がり | 全く困難でない | いくらか困難である | 非常に困難、またはできない |
4. 階段を10段あがる | 全く困難でない | いくらか困難である | 非常に困難、またはできない |
5.この一年間で何度転倒したか? | なし | 1~3回 | 4回以上 |
合計4点以上あれば、サルコペニアの可能性があります。
他にも、ふくらはぎを両手の人差し指と親指で作った輪で囲ってみて、隙間ができるようならサルコペニアの可能性が高いと考えられます。
ふくらはぎに隙間ができた人は、さらに以下の手順で「5回椅子立ち上がりテスト」を行ってみましょう。12秒以上かかるようなら、サルコペニアの可能性が大きいと考えられます。
【5回椅子立ち上がりテストのやり方】
1. キャスターのついていない、安定した椅子を準備する。
2. 最初にプレテスト(腕を組んで座位姿勢から起立する。このとき、膝は完全に伸ばす)を行う。
3. 腕組み起立を連続で5回、できるだけ早く行い、5回目に起立するまでの時間をはかる。
サルコペニアの改善運動法
サルコペニアでは、主に大腿部の前面で筋力減少が顕著です。つまり、サルコペニア予防のためには下半身の筋力トレーニングが重要だと考えられます。そこで、サルコペニア改善のための運動方法として、椅子を使ったスクワット運動をご紹介します。
チェアスタンド(椅子のスクワット運動)のやり方とコツをみていきましょう。
トレーニングの正しいやり方
- 背中を伸ばし姿勢を正して、浅めに椅子に座る
- 息を吐きながら、お尻が椅子に軽くタッチするまでゆっくりとしゃがむ(3-5秒ぐらいかける)
- 息を吸いながら、元の姿勢にゆっくり戻っていく(3-5秒ぐらいかける)
トレーニングの目安は(6-10秒×10回)×1-3セット。
トレーニングのコツ
- 椅子に深く腰掛けすぎず、浅めに座る
- 膝がつま先よりも前に出過ぎないように注意する
- しゃがむ時はバランスがとりやすくなるよう、腕を水平に前へ出すことを心がける
- 姿勢が正しくなることを意識し、猫背にならないよう注意する
- お尻が椅子に触れたら、休憩せずそのまま元の状態へ戻るようにする
- 椅子は安定したものを選び、椅子を壁などに接触させ、動かない状態を確保してから行う(転倒を回避するため)
人生100年時代を豊かに生きていくために
人生100年時代には、平均寿命ではなく健康寿命を延ばし、いつまでも生き生きと日常生活を送れるようにすることが大切です。そして健康寿命を延ばすためには、普段から食事、睡眠、運動のバランスを心がけること、すなわち病気にならないための一次予防の考え方が重要です。講演では、さらに一次予防に対する考え方や寝たきりにならないためのチェック方法、予防のための体操なども解説します。ご興味を持たれましたら、システムブレーンまでお問合せください。
安田智洋 やすだともひろ
大学教授 理学博士 元 東京大学医学部 特任講師
大学教授・研究者 医療・福祉関係者スポーツ関係者・指導者
「最悪に備えて、最善を尽くす」を信念とし、無理のない効果的な健康増進法を研究する大学教授。東大医学部教員(博士号審査員)といった経験をもとに、スポーツ・医学・教育学を多面的に捉え、わかりやすく統合する指導に定評がある。長年の研究と実践に裏付けられた健康増進法は現代人必聴の内容。
プランタイトル
人生100年時代、マルチステージを豊かにするための体力チェックと運動
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