内 容
1995年1月17日、私は今では阪神・淡路大震災と呼ばれるようになった自身に遭遇した。家族を失ったわけでも、家屋が倒壊したわけでもないから、被災したというほどの体験をしたわけではない。それでも、震災とその後の毎日は、震度7の揺れ以上の何かを私に残した。その思いを私なりにお伝えしたい。
1995年1月17日、私は今では阪神・淡路大震災と呼ばれるようになった自身に遭遇した。家族を失ったわけでも、家屋が倒壊したわけでもないから、被災したというほどの体験をしたわけではない。それでも、震災とその後の毎日は、震度7の揺れ以上の何かを私に残した。その思いを私なりにお伝えしたい。
業務外の講師への取次は対応しておりません。