ネゴシエーション、これが基本だ
~交渉で後手を踏まないための心得5原則~

佐藤 満
さとうみつる

その他実務スキル

佐藤 満
さとうみつる

元 日本ゼネラルモーターズ株式会社 代表取締役社長
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提供する価値・伝えたい事

昨今、社会のあらゆる面でボーダーレス化が進む。資本が国境を越え、人の往来がますます増加する時代にあって、いまさら「外国人」という意識はさほど意味を持たなくなっている。日本であろうが、欧米諸国であろうが、アジア諸国であろうが、企業がビジネスの場面でやりたいことや、こうありたいという姿に変わりはないはずだ。つまり、外国人との交渉だからといって、特殊なことをするわけではない。
 それでも日本人の特性として、相手が外国人となった途端、どうも遠慮がちとなったり、相手のいうことを鵜呑みにしてしまったり、あるいは逆に高圧的・一方的な押し付けとなったりする場面が多いのではないか。

 いや、もしかすると、日本人同士であっても「交渉」自体、日本人は不得意とするところなのかもしれない。まず、このことを念頭に置いたうえで、交渉で後手を踏まない5原則を示していこう。

内 容

●原則1 基本は“WIN-WIN”の関係でいけ!

 意思決定の速さがますます要求される昨今のビジネスの場面においては、相手と面と向かった交渉の席の重要度が増している。それにもかかわらず、その場でなかなか自分たちの要求を言い出せない。相手の出した数字と自分たちの目論見にかなりの隔たりがあっても、「では後日改めて」などという煮え切らない態度になってしまう。それでは、時すでに遅く、相手のいうなり、まさに後手を踏むのだ。
 一方、後手を踏まないようにと、相手の要求が出ているにもかかわらず、すべて否定し「何がなんでも相手を打ち負かして得をする」のも、交渉とはいえない。

 互いの事情、要求、周囲の環境などを冷静に吟味し、話し合いながら、物事を一つひとつ決定するという場が「交渉」なのである。交渉に入る前に隔たりがあるのは当然なのだ。実は、この意識が、日本人には少ない。多くの物事に「常識」や「相場」があるのを前提としてきている。本来は、考え方に隔たりがあるからこそ、その隔たりを埋め、近づくために交渉というものが存在するのである。
 そして、交渉成立後は大切なビジネスパートナーとして組むわけであるから、互いが満足していなければならない。相手の事情も汲み、こちらの事情も認めてもらい、それぞれが何かしら得るものがあるように、交渉は進めたい。
 つまり、どのような席においても、こちら側の「常識」や「相場」は、いったん白紙に戻し、互いの求めるところをまずテーブルに載せ、冷静に見詰めることが大事なのだ。そして、こちら側の利益ばかりでなく、相手の利益も考えること、基本的に「“WIN-WIN”の関係でいくぞ」という基本姿勢をもって交渉に臨むことが、まず最初の心得であろう。


●原則2 黒と白の論理を構築せよ!

 人は、毎日多くの物事を決定しながら生きている。取引先に電話を入れておくか否か、小さなクレームを上司に報告するのか否か・・・。
 極めて鮮明な二者択一をしているはずなのだが、多くの人は「自分で決めている」感覚はほとんどない。あるいは、YesかNoか答えは二つしかないはずなのだが、答えを先延ばしにしたり、人に決断を委ねるなどして、決断しないですませてしまう。多くの日本人は自分で決めることを億劫に思い、「義務と責任」から逃れるべく、できれば誰かが適当に決めてくれればよいと願う。そして、「だいたいお任せ」が通ってしまう社会なのである。「流される楽さ」が日常だ。
 実は、この日常が、いざ交渉というときの障害になってくる。「そんなことはない、日常のどうでもいいことは面倒だから考えたくないのであって、大事な問題はきちんと決めるさ」とおっしやるかもしれない。
 ところが、大事なときにこそ、日常の影響が出てくる。また、本当は大事な場面であるにもかかわらず、まだあとで決定する機会もあると高を括って決めかねているうちに、千載一遇の機会が通り過ぎることもある。

 日常から決断の習慣がなければ、判断力も鈍っている。流されていてもソコソコの結果が得られた時代は終わったと肝に銘じたほうがよい。日常の食事時から「決断している」相手と勝負するのだ。
 交渉時には、細部にわたって物事を決めていく必要がある。それらは本来、白か黒に分かれている。YesかNoかしかないはずなのだ。
 しかし、「賛成とも反対ともいえない」「この場では決めかねる」「機が熟するのを待って結論を出す」「細かい数字は常識的な線で」などの言葉が多用され、グレーゾーンが発生する。
 会社の中では、グレーゾーンを多くしておくことが、長いものに巻かれる保身術となってきたかもしれない。だが、外部との交渉の場では、このグレーゾーンが多いほど、問題が噴出する。「適当に」濁しておいたものは、相手の解釈もまた自由だからである。「常識的な線でいきましょう」「そのへんはお任せします」「だいたい相場ということで」−こうした日本人同士の慣用句は、外国人相手では厳禁である。私は日本人同士であっても、公的な交渉時には厳禁であるといいたい。

 ともかく「常識」というものは、端からあてにしてはいけない。日本の常識が相手国の超非常識という場合もある。自分の常識は、自分以外の人の常識と異なる。どんなに当たり前だと思う点についても、一つひとつ明確な数字や文言にして決めておかなれば、後々大きな問題が発生する可能性がある。
 誰が、いつまでに、何を、どのようにやるのか。あるいはやらないのか。事故の場合は、誰がどうするのか。このグレーゾーンにある問題を、一つひとつ丁寧に考察し、黒か白かを決定していき、できるだけグレーゾーンを縮めていく。あせらず、粘り強く、相手の確認をとりつつ丹念に進めよう。


●原則3 “MUST”と“WANT”の明確な線引きを!

 交渉事は、ここは絶対に譲れないという事柄、あるいはここまでは絶対に譲れないという数字があるはずである。この守るべき部分が“MUST”である。そして、できればこうありたい、という部分もある。これが、“WANT”である。
 ところが、かなりうまくいったと思いつつ交渉が終わって気がつくと、“WANT”ばかりがうまくいっていて、肝心な“MUST”を崩されていたという事態がある。これは、非常にまずいパターンなのである。
 後から、相手側が校揖であるなどといっても始まらない。非はこちら側にある。というのは、自分たちの。“MUST”が何なのかをきちんと把握していれば、このような事態は起きないからである。

 私は、交渉事に限らず、アイデアでもクレーム処理でも、頭の中で考えずに、紙に箇条書きにすることを習慣としている。まず思いつくままに箇条書きにし、それを整理して、似たようなものは一つにまとめ、優先順位をつけて並べ替える。そのうえで、最重要事項は何であるのか、と考えていくのである。
 交渉事であれば特に、この箇条書きは必須である。
 たとえば、A、B、C、D、E、5つの事項があるとする。 相手を説得して絶対に守りたいものはAである。B、C、D、Eは、できればすべてこちらのいう通りになればいうことはない。しかし、Aさえ守れるのならば、切り捨てても仕方がないと心得ておくのである。相手もまた守りたいものがあるはずであるから、先に述べた原則1の“WIN-WIN”の関係をもたらすために、Eから順に譲っていく。こうした譲れるカードも、Aを守りつつ相手側の立場も尊重するためには貴重なのである。

 交渉の失敗は、交渉している当の本人が、いったい何を守るべきで何を譲ってよいのか明確にない場合が多い。交渉事項が箇条書きになされていても、優先順位が曖昧だったり、ここだけはという線引きがなされていなかったりする。これは、その交渉にあたっての真剣味を問われる問題でもあろう。
 交渉前に、この交渉成功によって何が実現できるのか、そのためにどこまでが“MUST”で、どこからが“WANT”なのかを突き詰めてみる。そうすれば、交渉時には、必然的に熱意溢れる態度と言葉となって、相手の説得に一役買うはずである。
 “MUST”と“WANT”、この線引きが、交渉成功の鍵となる。


●原則4 議事録や書面による確認を怠るな!

 原則2、3に絡むことであるが、議事録、書面は非常に重要である。これは、多くの人がわかっていながら、ないがしろにしがちでもある。特に、議事録はあまり重要視されない。そして、あとから「言った」「言わない」となって感情論も付け加わる。
 たとえば「金額を保障する」という言葉があるとき、具体的にどのようにするのか明確になっていなければならない。全額なのか、一部の金額なのか、どのような形で保障するのか、期限はどうかなどを決めずに、安易に言葉だけを発してしまうと、後々もめることは必至であろう。一つの言葉が何を指すのか。その言葉の持つ“terminology(特殊な用語法)”を明確にしておくことが肝要だ。
 昔からの取引で気心が知れているところとの交渉では、特に議事録や書面は軽んじられがちである。「わかっていることだから」「慣習だから」ですませられる。だが、ここに落とし穴がある。
 時代が変われば人が変わり、そして考え方が変れることは常である。そして変化のスピードは速まっている。昨日慣習で通ったものでも、社長が変わり、組織が全く変わってしまい、通らない場合もあるのだ。文書化していなかったために、今日から取引停止という結果もあり得る。どんなことでも、文書化は大原則である。


●原則5 公平に、堂々と!

 交渉にあたって、「うまくやろう」という考え方はよくない。どこかで相手をだましたり、相手の盲点に付け入るような交渉は、一回はうまくいったとしても結局続かないものである。あくまでも公平に堂々と。
 相手に伝えたいことは、原則4の通り文書化しておく。私の場合、この書面づくりにかなり日数をかける。一回完成したと思ったものでも、わざと二日くらい放っておいて、改めて目を通す。そうすると、相手に伝わりにくい表現などがみえてくる。いかに相手に伝えるか、心を揺さぶるか、情熱をもって取り組むのである。そうやって練り込めば、自信をもって堂々と立ち向かえる。

 交渉とは、表面的な言葉の巧みさで成功するものではない。「私はどうしてもこの交渉を成立させたいのだ」という気持ちを堂々と表現し、公平な考え方で行ってこそ両者が満足する結果となり、交渉後、新たな次元が開かれる。熱意と公平さは、万国共通で通じるものであろう。

根拠・関連する活動歴

ホンダ時代に、中近東、南西アジアにおいてホンダ製品の売り上げを3年間で6倍に、タイで乗用車シェアーを5年で2.5%から22%に躍進させる。また、輸入車部長として、ジープチェロキーを年間販売台数800台から2年後には13,000台へと大躍進させる。VAN社長時代には、VWとAUDIの販売台数を93年の25,000台から3年後60,000台に、VWを5年振りに輸入車No1に復活させる。98年、日本GM(ゼネラルモーターズ株式会社)で日本人初の社長に就任。

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